なにもこのタイミングで梅雨らしいお天気にならなくても、とぶつくさ言ってます。毎年毎年この時期は雨ね……
ごきげんよう、こうやです。
さて、今月頭から、毎日とはいえないまでもそれなりに続いた(と、信じています)アドベントもいよいよ大詰め。
たぶん最後のアドベントは、表題のとおり。
ルフナを飲むということ。
こうやはなぜルフナを飲むのか。
この問いに対する答えは簡単です。
ルフナが好きだから。
なぜ好きなのか。
ルフナが一番、おいしいと思えることが多いから。
紅茶との出会いは何度か書いている気もしますし、過去書いたほうがきちんと記録検証しているので正しいと思いますからそちらをご覧いただければと思いますが、そもそもわたしは紅茶がそんなに得意ではありませんでした。
おいしくない紅茶のもつあの青みが苦手だったのです。
おいしかったとしても、あの、独特のグリニッシュな味わいは、苦手。
だから、あまり近づこうとも思っていませんでした。
意識するようになったのは、トワイニングのセレクションなどを経てのこと。飲み比べることで、あれ、紅茶ってこんな味もあるんだ、面白いじゃんおいしいじゃんとなり、調べるようになり、そしてたどり着いたルフナという名前と、初めて実際に味わった青山ティーファクトリーによって、ルフナ好きが決定づけられたのです。
だから、わたしがルフナを好きな理由はまず、好みの味だったから。
それに尽きるのです。
そしてルフナ好きに拍車をかけたのは。
それは、当時、ルフナが決してメジャーではなかったこと、です。
どういうことか。
普通に生きていると、なかなかルフナという名前に行きあたらないのです。
ルフナを飲もうとしたら、紅茶専門店と名のつくようなところに行ったほうが確実で、そしてそこに行くとおいしい淹れ方から教えてくれたりするのです。
これ、言い方に語弊があるといけないのですが、ルフナを苦手になる前に、「ルフナおいしいじゃん!」と刷り込まれたわけですね。
そうすると、たとえば家で淹れたルフナがいまいちだと、何が悪いんだろう?ってなる。
だってあのとき飲んだルフナはあんなにおいしかった。
だから、いろいろ試してみるし調べるし、そうするとおいしく淹れられるようになって、もっとルフナが好きになる。
そのスパイラル。
世の中にはわたしの口に合わないルフナもあるし、わたしの好みのルフナ以外の紅茶もあります。少し経つとそれに気づくようにもなります。
でも、最初のあの感動を忘れない。
ルフナっておいしいじゃん!
紅茶って、おいしいじゃん!
そう思った自分を忘れられない。
だからわたしはルフナが好きなのです。
そのためわたしは、ルフナを押しつけようとは思いません。
人の好みはそれぞれだから。
でも、ルフナルフナ言えば、その人が好きなものと出会うきっかけになるかもしれない。そして好きって客観的に測れるものばかりでもないと思うのです。
たとえばね、旨味成分を測ってみたら、ルフナよりウバのほうが18%成分量が多いことがわかりましたみたいな結果が出たとする。
だからといって、誰もがルフナよりウバのがおいしいというわけじゃない。
わたしみたいに、ルフナおいしいよルフナって言う人も出てくる。
ルフナとウバは同じ紅茶ではあるけれど、それは、みかんとりんごだとみかんのが甘いですというようなもので、だからみんながみかんばかり食べるかというとそういうわけではないのですね。
でも、フルーツに興味がない人でも、みかんとりんごを並べておいて、りんごうまいうまいと主張しまくって食べてる人がいたとしたら、どれどれどんなだと気になったりするかもしれませんよね。
で、その人が食べてみたら、みかんもりんごもぴんとこないけど梨は気に入ったとか、あるかもしれないですよね。
そうすると、みかん好きもりんご好きも別に増えてないけれど、フルーツを食べる人口は増えるわけです。
そのときに、梨はコンポートにすると甘みが増えるだのなんだの言うと、どれどれどんなだと近づいた人は嫌になっちゃうだろうけれど、梨は皮剥いてこう切って食べると食べやすいしおいしいとか、そういう最低限の食べ方を教えれば、どんどんおいしく食べられるようになるでしょ。
そこから、梨をタルトにしたらどうかなとか出てくるかもしれなくて、それは好きになってからどんどん増えていくと思うので。
分かりにくいたとえかもしれないけれど、紅茶もそういうことだと思うのです。
わたしがルフナおいしいと飽きずに言っているのは、そして飲んでいるのは、まずなによりもわたしがルフナを好きだから。
そして次に、好きなものを主張していれば、周りのルフナを知らない人が、興味を持つかもしれないから。
さらにその人が、ルフナや、ルフナを通して紅茶を好きになるかもしれないから。
好きな人の少ないものは、どんなに良くてもやがて廃れます。どんなに素敵な本でも読む人がいなければ絶版になるでしょう?もしかすると、世に出すらしないかもしれませんよね。
人の人数って、大事。好きな人が多いほど、その裾野が広いほど、その世界は広がり、高まっていくのです。
そして、人が興味を持つ一番のきっかけは、誰かのそれへの愛や熱意や情熱。
だからわたしは、ルフナが好きだと叫ぶのです。
まだまだわたしも未熟で、ようやくわたしとルフナがキーワードでつながってはきたものの、では「ルフナ飲ませてよー」とか「おいしいルフナある?」と聞かれて即座にプレゼントしたり提供したりができていません。
興味が宙ぶらりんのまま、それをつなげていけてないのね。
もっと、おいしいルフナがあちこちで買えるようになったら、もっと分かりやすくオススメできたら、もうそしたら加速度的に広がると思います。
それは今後の状況次第。卸も小売もやらないわたしは、希望することしかできません。
もしくは、ルフナじゃないけどこの紅茶もおいしいんだぜ、って、ルフナ好きから一歩進んで紅茶好きになれれば、もっと汎用性の高い勧め方ができるのでしょう。
でもわたしは好みにムラがあるから、この紅茶やあの紅茶のおいしい淹れ方、この人の好みに合う紅茶のオススメ、そういうことがまだまだできません。
だからわたしはルフナ好き。
だけどわたしは、自信を持って、ルフナは好きだといえるのです。
こんな大上段から物を言ってて大丈夫かしら。
好きという言葉に重みと責任を持たせすぎて、ハードルを上げちゃってはいないかしら。
好きって、簡単に言っていいのです。
好きって、言えば言うほどいいのです。
でも、わたしは、わたしの「好き」には、責任を持ちたい。
わたしの「好き」はきっと、人に広がるから。
わたしが「好き」と言ったことで、他の誰かが傷つかないでほしいから。傷つく姿を見たくないから。
人のためじゃない、自分のため。
なんだかよく分からなくなってきちゃった。
まあ、そんなわけで、わたしはルフナを好きだと言いますし、たぶんこの先、もっと惚れ込む紅茶(もしくはお茶、嗜好品、and so on...)が出てこない限り、ずっと言っていると思います。
そしてわたしがルフナルフナ言うのを聞いて、なにやら紅茶飲むと面白いかもしれないぞと思って、ルフナやその他紅茶を飲んだり、うっかりスリランカ行っちゃったりした人が、この「好き」のなかに入って、広げていってくれるとうれしいです。
このブログが、Twitterが、わたしがルフナを好きという声が、どこまで届いているかは知りません。
でも、わたしがこういうことはきっと無駄ではないし、少なくともわたしは言うこと言ってすっきりしてます。
わたしはルフナが好き!
あなたはなにが好き?
みんなが「好き」を持つ世の中は、きっととっても素敵な世界。
あと2時間で、年に一度のルフナの日。
でも、どんな日だって、年に一度の大切な日。
ルフナの日にルフナを!
なんでもない明日にあなたの「好き」で彩りを!
なんでもない明日も、わたしのルフナで笑顔の花を咲かせましょう。
ルフナの日は、もうすぐ。
みなさま準備はよろしいですか?
あれ?
これ、ルフナを好きということではあっても、ルフナを飲むということでは必ずしもないのでは?
おかしいね、おかしいな。
もしかしたら、おまけで書いたほうがいいかもね。
てへぺろこうやさんでした(・ω<)テヘペロ