2016年11月09日

連想する読書と恣意的な読み、そして触れると痛い場所

ビフがトップ・オブ・トップになるような世界線で私たちはどう生きていけばいいのでしょう。
そんなことを思いましたが、日本の、東京にいる者がそんなことを言えたものではありませんね。
どうかどうかどうか……
ごきげんよう、こうやです。
政治と宗教の話はしないとなるべく努力しておりますが、あまりにもホットワードすぎて、つい。
あと、この頃読んでいる本が、ね。

さて、以前のブログにも書いたとおり、重松清『赤ヘル1975』に大変感銘を受けたこうやさん。
もっとそのあたりのことを知りたいと思って本棚を捜索、半藤一利/湯川豊『原爆の落ちた日【決定版】』を発見しました。あまりにも知識の薄いこのあたりのことをきちんと知りたいと思って買った本でしたが、予想を遥かに超えるところから読みごたえたっぷりで引き込まれてしまいました。
1945年8月6日と9日は、終わりでも、始まりでもなかった。
そんなことを痛感する本です。
原子力の兵器使用の研究がそんなにも昔から行われていたこと、そんなにも各地で行われていたこと、そんなにも急いで、焦りとともに行われるほど、欧米にとってのヒトラーが脅威であったこと……つい先日、アイドルの衣装や振り付けがナチスを連想させる(どころかそのものだった、とも)ものだったとして大きな批判を浴びていましたが、70年経った今も触れることがタブーとなるほど、ヒトラーは熱狂を生み出すのが上手く、充分に対策をとっておかないと簡単に罹患してしまう甘美な毒なのだなと。現在形で語れてしまう恐怖なのだと、肌で感じられました。
その一方で、『ドリフターズ』の「妖怪首おいてけ」こと島津豊久を笑えないほど、勝手に狂って突き進んでいく暴走車の日本。あまりにも全身全霊で狂うから、その奥のひしゃげた本体を見誤って過大評価されてしまうほど、唖然とする狂いっぷり。
でも、それを止めるための悲壮な覚悟も何もないんだよね。新型兵器の実験台だね。その実験台に、大喜びでよじ登っていったのが、日本だったという……話だね。
日本という国を形作る、ありもしない錦を掲げた猪突猛進な狂騒の精神に、怒りを通り越して憐れみすら感じます。でもそんな狂った一部に自分がいるの、とても耐えたくない。
科学者たちの探究心は素晴らしいと思います。予想と実験、失敗と成功。あるべきものを見出し、その性質を解き明かす。世界の謎を解いていくその行為には善も悪もありません。
存在に罪はない。その使い方が問題だ。
どれかひとつでも正しく届いていれば、あるいは変わったかもしれない。
もしこのときこうなっていれば、こんなことにはなっていなかったかもしれない。
ifを重ねても無意味かもしれませんが、変えられない過去を変えようとして何度も巻き戻ってしまう暁美ほむらちゃんの気持ちが分かる気もしました。
読了直後のメモより。
「読了、あまりにも愚かで狂信的な日本にどうしようもない絶望を感じ、科学と政治、科学と軍事の深い溝に愕然とする。心ある人たちによって未然に食い止められた悲劇も多数あるのだろうが、食い止められなかった悲劇のifは忘れられることなく続く。」
要するにこういうこと。

そんな暗くなった心を明るく照らす、広島東洋カープのクライマックスシリーズ突破の報。
あわせて赤ヘル特集を組んでいた本屋さんで、そのものずばりなタイトルを見つけて思わず買ってしまいました。
安西巧『広島はすごい』は、タイトルそのまんまな新書です。広島出身の企業・創始者や球団・選手のエピソードを紹介して、広島の県民性やこんなところがすごいと褒め称えている本。
半藤さん、湯川さん同様、安西さんも広島出身ではありません。つまり、広島出身以外の人が調査を重ねて広島を描いたものではありますが、どちらも現代の人が広島を書いているため、どうしても通底する意図があります。そしてそれを選んで読んでいったわたしも実に恣意的な読み方になってしまったなぁと感じました。
曰く、咎なくして悲劇に見舞われた街の人びとが、復興を目指す過程で、こんな風に立ち直り、あるいはすがり、あるいは支えにしていったということ。体験し続けることによる強い同族意識と諦念の排他性……そんなものがあるのではないかと思いながら読んでしまうので、やはりそうかと納得してしまうのです。
自分の想像するストーリーをあらかじめ描いていて、それに沿うように本を選び、読んだなぁ。
まあ、いいのだけれど。それをきっかけとして読んで、やがて修正できればいいな。
そんな風に思います。
その流れで、前評判のおそろしく良い映画『この世界の片隅に』の前売券も買ってしまいました。
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こうの史代さんの同名漫画を原作にしたアニメ映画?で、『あまちゃん』で一世を風靡した能年玲奈ちゃん(今はのんちゃんとして活動)が主人公のすずさんの声をなさっておいでだとか!
監督も評判の良い方とのことで、とても楽しみです。
映画まで観た後に書こうかとも思ったのですが、むしろその前にいったん区切っておきたかったので、このあたりで。

そんなことをぼんやりまとまらないながらに思いつつ、気分転換のために『高慢と偏見とゾンビ』に取り掛かってみました。
本屋さん5軒探して見つからなかったので、hontoで頼んでしまいましたよ。郵便受けに突っ込んでおいてくれるし、読みたい本が決まっていればおそろしく便利なのね!ネットワークってすごいわ……
内容というか文章はほぼほぼ『高慢と偏見』だし、むしろゾンビ要素が入ることで現代の日本人であるわたしには肌で実感しにくかったポイントがすんなり理解できてしまった気もしました。オマージュというにはそのままだし、でもなんかべらぼうに面白かった!
映画公開の記念に、ゾンビ苦手ながら読んだのですが、素晴らしい早さで公開縮小してしまっているようで焦ります。円盤でも良いから一度は観たいけど、果たして映像化したゾンビにわたしは耐えきれるのかしら……

しばらくは骨休めに別の本を読みあさっていますが、そのうち『わが闘争』にチャレンジしてみたいと考えています。そのときのカウンターには何を持ってこよう。やはり『夜と霧』でしょうか……
ちょっと肌身で何かを感じているのか、最近すっかり興味の対象がこのあたりのこうやさんなのでした。



しかしだね、やっぱりね、知れば知るほどこの国が核兵器禁止条約に反対するのはどう考えてもおかしいと思うのだ。思うのだよ。
知らぬ間にまた、狂騒を選び、暴走していくのでないといいな……はかない願いを込めて。
この願いをはかないと見てしまわなくても済む世界であることを祈って。そんな愚かな国に住んでいるのではないと、祈って。
せめて知っておきたいものですね。それがたとえ不完全な知識でも、ないよりは。
posted by こうや at 20:39| 東京 ☀| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月08日

赤ヘルが軍団になった日〜重松清『赤ヘル1975』〜

5kgのお米を赤ちゃんに見立てて抱いて帰ってみたのですが、赤ちゃんにしては重力に忠実すぎて重たくて、あれこの子もう……しんで……!?と思い立ってしまい涙ぐんでました。
やばい系情緒不安定。ごきげんよう、こうやです。
しんだ我が子を抱きしめて「もう少しだから、だからね、お願い」とつぶやきつつ足を引きずるようにして歩いていたわたしは、感情移入しすぎて未だにお米を開けられずにいます。
我が子の名前はゆめぴりか。

さて。
広島カープが四半世紀ぶりにリーグ優勝をとげた今年、狙ったかのように文庫化され、見かけたときにはポップこそなかったものの平積みにされていた本があります。
2回まではスルーしたのですが、三度目の正直で買ってしまって大ヒット。
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とても久々に手に取った重松清さんの、『赤ヘル1975』が、今のわたしの琴線を盛大にかき鳴らしています。

広島東洋カープのチームカラーが濃紺から赤に変わった年のこと。
ヤスとユキオの通う相生中学校に、ひとりの転校生がやってきます。
広島のホームに降り立ったとき、黒い巨人の野球帽をかぶっていた彼の名は、マナブ。
その3人の一年生の物語に、広島カープの奇跡が絡んでいきます。

この作品を読んで感じたことを書こうとしたらまとまらなかった上に信じられないほど長くなった(どうやら6,000字オーバー)ので、読まなくてもいいです。
とりあえず、近代的な小説として物語が良いのでおすすめです、ということをお伝えしておきます。
この表紙も個人的にはなかなかのヒットでした。
なお、カープオフィシャルグッズショップには74分版のドラマCDも売っていて、そちらも気になります。余談ですが、初優勝時のラジオ実況放送のCDも当該ショップで売っていることに読了後気づき、めちゃ聴きたくなってます。解説聞いてみたいわー
余談終わり。
そしてここからの長い長い駄文は、そこから連想した、こうやの戦争や原爆やその記憶や野球に関しての諸々です。

広島。
その地名に付随する、連想するものは何でしょうか。
うさぎ島、酒蔵、厳島神社、海軍基地、たくさん出せる気もしますが、何よりもまず脳裏をよぎるのは、原爆ドームを象徴とする爆心地のイメージではないでしょうか。

戦争については、小学校の頃から学んできました。戦争があったこと自体はそれ以前から知っていましたが、それはあくまで字面のうえ。カリキュラムを組まれた勉強の素材にあがる数ある戦の最後のもの(もちろん本当はそうではないのですが)としてあったのが、第二次世界大戦でした。
その戦争被害として真っ先にあがるのが、広島と長崎。原爆、です。
ひろしまのピカ、黒い雨、はだしのゲン。
小学生のときに触れたどの作品も、受け止めるには重たすぎて、以来、意識して避けるようになっていました。怖がりだったうえに言霊信仰らしいわたしは、知ることによってそれが実際に襲いかかってくると思い込んでいたのでしょう。
中学校でも、歴史で学ぶ戦争や、英語で触れた貞子さんの物語を、なるべくそうっと、薄皮の上に置いて、破れないように慎重に包んで頭の隅に置いておいたような感じでした。
そんな原爆の物語に触れるなかで、なんとはなしに感じていたもの。戦争の語りにはっきりと違和感を覚えたのは、高校一年生のときだったと思います。
先輩が演じていた舞台『THE WINDS OF GOD』に感動したのです。
今思い出しても、先輩(とはいえ部活も委員会も違う、ただたまたま、数度親しく話したことのあるだけの方でした)は熱演で、実際には2時間近くある舞台を半分近くの時間に減らしたため、全体の密度は濃くなっていて、実に良い舞台だったと思います。
だからこそ、だからこそ。
神風特攻隊は、そういう存在なのか、そういう存在でいいのか、不思議に思ったのです。
神風特攻隊で調べて真っ先に出てくるのは『きけ わだつみのこえ』。
読んでみると、どうもおかしい。というよりも、舞台を観て感動しつつも「わたしはそう思えない」と思ったところが、ほんの少しだけ、この本では共感できて。
その違和感を抱えたまま大学に入り、戦争文学と呼ばれるものを読む機会が増え、実際の(というと語弊があるかもしれませんが)『THE WINDS OF GOD』を観て、その違和感が決定的なものになりました。
あくまで個人的な感想ですが。
戦争と、そこに生きた人と、「英霊」を、英雄視してはいけない。単なる美談や被害者にしてはいけない。
絶対に、いけない。
なんだかそう、思ったのです。

親世代が既に戦争を知らない子どもであり、その更に子どもの世代であるわたしたちは、戦争も好景気もバブルも知らず、飽食と物質的豊かさのなかに安寧としている、競争心もない平和ボケの世代かもしれません。
祖父母は戦争の時代に生きていましたが、そのことについては黙して語らず。
語らない物語はつながりません。
だから、語られる物語は美談が多くなり、それは英霊を讃えるものにつながり。
死ぬまで喇叭を離しませんでした。それは3.11のあの放送を行い続けた方にもつながり。
でも、それじゃ、ダメなんじゃないのかな。
戦争に散った方々をどうのというつもりはありません。
この前乗ったタクシーの運転手さんは、3歳のときにお父さんを亡くしたそうです。南洋で亡くなったらしいお父さんの遺体だといって渡された骨壷の中には、名前の書かれた紙が一枚入っていたきりだったといいます。遺体が見つからなかったか、持ち帰れなかったのかは分かりませんし、お父さんの記憶もほとんどありませんが、その骨壷を抱いていたお母さんの顔は覚えているそうです。
そんな、人の記憶を、とやかく言いたくはありません。
そうではない。
そうではないのです。
ただ、戦争のあった時代にその場所を生きた人の人生を、物語を、美談に、美しい精神だとか日本万歳だとかそういう言葉に押し込めてしまうのは違うのではないかと、わたしは、今のこの時代に現代に生きるわたしは、そう思ってしまうというだけなのです。

日本人の判官贔屓の精神を色濃く受け継ぐわたしにとって、大きなスポンサーのない市民球団が、街の悲劇と復興の希望を背負って、泥くさく熱意をもって進んでいくこのサクセスストーリーは、涙とヨダレが止まらないほど大好物なようで、この試合の運び方が本当だったかどうかはともかくとして、もうとにかく、夢中で読んでいました。
特に野球の話、キックの宮の異名と、金山選手の墨痕鮮やかな返事、そして元祖「広島の山本」山本一義選手のプロ入りの逸話にはもう胸熱、目が潤んだりしちゃいますよね。

思えば親戚うちに野球好きがほとんどいない家でした。
野球で遊ぶためにはボールとバットとグローブが必要で、それを揃えられるほどの余裕がなかったのかもしれません。どちらかというと野球嫌いがそろっていて、わたしも幼い頃は特に、野球中継のせいで楽しみにしていた番組が流れてしまい、野球のことは憎いと思ったりしていました。
母親に至っては、新婚の頃に住んでいた大阪で、知り合いもおらず土地勘もなく心細かったある日、突然アパートの薄い壁や窓を突き抜けて聞こえる奇声と雄叫びに恐ろしい思いをして以来、野球好きには近寄らないようにしていたようです。その年、1985年は、阪神タイガースがリーグ優勝を果たし、道頓堀は人であふれ、カーネルおじさんの呪いがかけられたりもしました。
バッティングセンターに行ったことは何回かありましたが、一番遅い球速にしてもバットに当てるのが精いっぱい。振り抜くなんてことはできず、とてもホームランなんて望めませんでした。近所の神社の境内で父親とキャッチボールをしているときも、父親が気まぐれに投げ上げたフライボールを取ろうとグローブを構えてずっとボールを目で追っていたのに、ボールが顔面を直撃して目の周りに漫画のような青痣を作って号泣するような運動音痴ぶり。
ただ学校では時たま草野球をしていて、利き腕が同級生と違ったためかそこそこ打ちはしていました。ただし守備はからきしダメで、トンネルもエラーもお手の物。味方の送球すら見送る有様でした。
それでも夏になると選抜高校野球、いわゆる甲子園はよく見ていました。白球に追いすがるお兄さんたちの青々とした坊主頭は、爽やかに見えたものです。今でも、高野連や学校の部活動制度は嫌いですが、血と汗をユニフォームに染み込ませて泥だらけになる高校球児の「熱血甲子園」エピソードに涙を流す程度には、彼らの人生を物語として消費してしまっています。本当はよろしくないと、胸の奥でつぶやきつつも。
ちなみに、そんな我が親戚連の大好きなスポーツのひとつがマラソン、駅伝でした。
だからわたしにとって広島の代表は、広陵高校ではなくて、世羅高校です。余談。

原爆は生みだしてはいけないものだったと思います。発明と発見の先に待っている悪魔のひとり、知恵のりんごのような。
リトル・ボーイとファット・マン。
落とされてはいけないものだったと思います。
それは間違いようのない事実です。
だから、8月6日と8月9日を忘れてはいけない。
じゃあ、3月10日は?原爆ではないから、覚えていなくてもいいの?
関東に生きていなければあまり耳なじみのない日付かもしれませんが、この日はいわゆる「東京大空襲」で、100万人以上の犠牲者が出たと言われている日です。この日だけでない、毎月のように毎日のように、空襲はありました。未だに日本橋には焼夷弾の痕がくっきりと残っています。多くの老舗は過去の歴史をこの空襲でも失っています。でも、原爆ではない。ただの、焼夷弾や爆弾だったから。だから、いいの?
その空襲で親兄弟や家を失った人の哀しみは、苦しみは、覚えていなくても、いいの?
読めば読むほど、聴けば聴くほど、わたしは、分からなくなっていきます。
語られた話の向こう側に、その何倍もの語られなかったものがあり、そのひとつひとつが比べるべくもない生々しい体験であり、それは、おろそかになんてとてもできない。
同情は簡単ですが、それと理解は違う。そして理解なんて、きっと、永遠にできない。
戦争を学ぶのは簡単です。マクロとしての戦争。政治のなかの、歴史のなかの戦争。
でも、その戦争で生み出された人びとの物語は、どれが代表できるものでもなく、どれを知っていれば充分なものでもなく、ひとつひとつが、固有の、比べるべくもなく代替もきかない、唯一無二の話です。
そのミクロの話が膨大すぎて、共に体験していないわたしはその波に呑まれて溺れそうになって、それが辛くて逃げたくて、でも知らなきゃいけないとも思って、どうすればいいのかわからなくて。

それは、わたしが、よそモンだからなのだと。

ヤスとユキオとマナブの、そしてさらに広がり真理子さんや菊江さん、林田のおじいちゃんにヤスのお母さん、勝征さん……いろいろな人のつながりもたまらず、そして、寄り添おうとする気持ちを拒絶され、凝り固まるのを眺めるしかなく、身近にも思えない、思うことを許されないように感じて悩む「よそモン」の気持ちが描かれていて、なんというか、それはわたしがぼんやりと、もやもやと抱いていたものに近くて、それをこう描ける物語ってすごいなぁと、思ったり、しました。
よそモンのマナブはよそモンのままかもしれませんが、それでも、ヤスやユキオの、そして真理子の、かけがえのない「連れ」になっていきます。
よそモンが当事者になる必要はなくて、ただ、共にあることが大事なのかなと。
マナブの悩みがかつての自分にオーバーラップして、そして、答えのひとつを見つけた気がしました。

何を書いているのか分からなくなるのはわたしの悪い癖。原爆と戦争もごっちゃになってるし。なんなんだいったい。
でも、この作品を読んで、わたしがずっと抱えていたモヤモヤが、少し言葉になった気がします。
よそモンであるわたしは、よそモンであるからと諦めたりせずに、よそモンなりに、でもよそモンだと分かりながら、いきたいな。
生きたいのかな、行きたいのかな。
分からないけど、いきたいな。

まあ単純に、本当に良い物語に巡り会えたなと思ったということで。
読み終わる頃にはすっかりカープ好きになっていました。
山本浩二選手の清々しい男らしさ、外木場投手の活躍、キックの宮に金山選手、山本一義選手の逸話はさっきも触れましたね。オールスターゲームで肩身の狭い思いをしなくて良いと安堵するファンもさることながら、もう本当に、よくぞ、よくぞ……っ!
一瞬我にかえると、ほとんどの(すべての?)選手が既に現役を引退していることに気づくのですが、実際に見たこともない彼らの試合の白熱ぶりに、思い起こすだけで胸が高鳴ります。
いないよーもういないんだよー
今の選手で知っているのは、小窪哲也選手に菊池丸、梵英心……相澤?捕手。合ってる?そして黒田投手にマエケン、くらいかな……エルドレッド?いる?
横浜には筒香がいて、ヤクルトにはダブルトリプルスリー達成の山田哲人に川端慎吾がいて。
あーやっぱり詳しいのはもっと前の世代かな。驚くべきことに未だ現役のイチローを除いても、ゴジラ松井に松井稼頭央、大魔神佐々木に野茂英雄、番長清原、松坂大輔、このあたりがわたしの野球選手イメージの原点です。
時代は違うけれど江夏豊は『博士の愛した数式』で覚えましたし、今はバラエティの人というイメージの方も球界出身の方が数多いのですよね。そうしてみると、日本において野球って割と浸透している競技なのかもしれませんね。スポンサーにテレビ局のついていることが多いせいでメディア露出が多いのかもしれませんけど。
関東大震災から数年した大正末期に新聞のスポーツ欄を賑わせたのは早慶戦……いうまでもなく野球、でしたし。もうすぐ始まるよ!スタメン予想するよ!今日やるよ!やった結果だよ!振り返るよ!という、一戦で一週間近くもたせていたのも驚きましたが、それだけ娯楽に飢えていて、野球の試合は格好の素材だったのでしょう。

ああ、またしても何を書いているのか分からなくなりました。
そんなわけで、今年のリーグ優勝の当日はささやかに祝杯を挙げてみたり、していたのでした。
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そしてこの赤ヘルを読み終わった晩も、ちょこっとだけ献杯。
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ありがとうございました。
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はぁ。
また神宮球場で、カープの試合を見たいなぁ。金山さんの解説を聞きたいなぁ。
今なら、カープの応援も、ヤクルトの応援も、できますよ。我ながらいろいろ台無しな最後だね。
西武球場で西武ライオンズも、見たいね。
……もしかして、また、趣味、増えたかな?
posted by こうや at 09:42| 東京 ☀| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月30日

活字と物語があればだいたい幸せということ。

かろうじて生き延びています。
ごきげんよう、こうやです。
1週間くらいだらりとしていたいのですが、仕事とはなかなかに冷たいものですね。休む暇もありゃしない。

先日、ツイッターで心惹かれるものを見つけて、それを使ってみたさに買ってしまいました。
えへへ。
カラーボックスと、フェリシモの本の収納ケースです♪
段違いになるので奥に何が入っているかも一目瞭然とのこと、しかも引き出しやすいので奥の本も取り出しやすい!
手前を文庫、奥を新書や漫画にして青息吐息だったわたしには大朗報です。
しかもカラーボックスは本棚ではないですからね。本棚は増やしてないからね。大丈夫(?)
さっそくフェリシモを組み立て、魔窟と化した本棚と段ボールから、近々に読み返しそうなものだけを取り出して詰め込んでみました。
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一番上、左はレシピ本代わりの『きのう何食べた?』(途中の巻がどうしても見つからない……)と読みかけの数冊。中央と右は未読本です。すぐに手に取れるだけでこんなに未読本があったとは!とりあえずここが空くまで新刊購入は控えます……後でジャンルと国別に分けよう。
真ん中の段は読み返し棚。完結しても手放す気にはなれない『歌うたいの黒うさぎ』と四ッ谷先輩、購入から数日なのに10回近く読み返している、わたしの好みど真ん中だったおとぎ話『金の国水の国』。あとはDWJの厳選作品と大好きな国内作家のイチオシ作品。森見登美彦は大好きな作品に限って見当たらず涙目ですが。隅に愛しい古書もあるね。
一番下は漫画コーナーのつもり。他の棚もだいぶ侵食してますが。半分近くハイキュー‼︎で、ボールルームとかげきしょうじょ!。かげきしょうじょ!はサイコーだから舞台好きみんな読めば良いと思う。そして謎の未読単行本数冊、借りたままのご本は早めに読まねばっ(;´∀`)

いわゆる物語、ハッピーエンドの大団円が大好きで癒されると感じる浅い本読みなのですが、積ん読は別にしてもなかなか好みのラインナップになった気がします。魔窟本棚の神棚コーナーに鎮座ましましているご本たちを別にしても。あと……たぶん探せばある筈の……あの段ボールのあたり……
ミニマリストとまではいかなくても、いつか厳選された本をこれくらいのサイズのカラーボックス2〜3個に納めてみたい欲もあり、読んだ本はすべて手元に残しておきたい気もあり。
どちらにも転がれないまま、本棚と段ボールとカラーボックスが増殖していく我が家です。
いや、でも、半ば神棚めいたこのカラーボックスはかなり出色なのですよ。もう少し見つかればなお良しなのよ。
うふふふふ。読み返したい本ばかりですが、明日は未読本を持っていくのです。えへ。えへへへへ。
posted by こうや at 21:52| 東京 ☀| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月28日

須賀しのぶ『帝冠の恋』を読んだ

なんかアンニュイめなブログ書いた直後で申し訳ないのですがちょっとこれは書くよ。
これは書くよ。

ツイッターで見かけておや、と思った名前があります。
それは、昔、わたしがむさぼるように読んだコバルト文庫の作家さんのひとりの名前。
須賀しのぶさん。
コバルト文庫の中でもかなり骨太めな作風で、幼いわたしはそれは夢中になったものですが、そういえばあのシリーズ大好きだったのに新刊を待ちきれず離れてしまったな……
そんなことを少し甘酸っぱく思い出していましたが、直後に目を剥きます。
そのツイートは出版社の宣伝で、なんとそんな須賀しのぶさんが、ゾフィーを主役にした作品を手がけたというのです。
ゾフィー。
その名を聞いてハッとしないヅカファンはいません。いませんよね?
ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン伯爵の妹さん?と思った方は原作を読み込んでいますね。確かに同名ですが違います。
ゾフィー。
宮廷でただひとりの男と噂される、皇太后ゾフィー。
そう。ハプスブルク最後の皇帝たるフランツ・ヨーゼフ1世陛下のご母堂にして、エリザベートの姑にして最大の敵、あの、ゾフィーです!
旧体制の権化、最悪の姑の具現化として大変苦手な(個人的な意見です)あのゾフィーの若かりし頃だなんて、とても想像できません。
しかもそれを描くのが他ならぬ須賀しのぶさんですって?
ツイートを見た直後に本屋さんに走り、さっそく文庫を入手したこうやさん、あらゆる準備を整えて、万難排した本日、ついに読み始めたのでした。

そして、読み終わった今、激情の余韻に心がまだ躍っているのを感じます。
時は19世紀後半。帝国の中興の祖たるマリア・テレジア(c︎『ハプスブルクの宝剣』)に憧れを抱く若き才女ゾフィーの天真爛漫な少女時代から物語は始まります。
隣国フランスは度重なる政治不安(c︎『ベルサイユのばら』『スカーレット・ピンパーネル』)や欧州中から憎まれたナポレオン失脚(c︎『太陽王』)の後、名宰相メッテルニヒにより築き上げられたウィーン体制にも陰りが見えつつあるところ。
当時としては当然の、政略による見合い結婚の結果、年老い衰頽の見えているオーストリアに輿入れしてきたのは、バイエルンの陽射しをたっぷりと浴びて育った「ヨーロッパの薔薇」と讃えられるゾフィーなのでした……
もうさ、この時点でさ、分かるじゃん。この先がさ!
しかもこの描かれ方をするゾフィーがいずれ「あの」ゾフィー(c︎『エリザベート』)になることを知っている我々からすると、もはやこれはエピソード4〜6を知り尽くした者にとってのスターウォーズエピソード1でしょ!?
どうしたらこれがこうなってああなるのよ!って!なるでしょ!!!!!
なったの!!!
なったのよ!!!
しかもあの場面で終わるしうそでしょまじかよこうつなげやがってってなるの!!!

ネタバレを避けるあまり意味がわからなくなっていますがわたしには見えるのです。
あの場面でのひそひそ声のコーラスが。
あの場面での絞り出すような咆哮のアカペラが。
静かに佇むソロが。
熱狂のアンサンブルが。
まるで一編のミュージカルを見るかのごとく、煌めいて上演されていたのです。

ここから、あれがああなって、ここに向かって走り出していき(c︎『エリザベート』)、それでもってこっちは実はこうなって(c︎『うたかたの恋』)そしてああなっていく(c︎『1914/愛』)ああーなるほどーなるほどねーって、なっていくのです。
……自分でも書いていてこのあたりの宝塚の手厚いフォローにびっくりしてますが、とにかく脳内上演とあれとこれとそれがつながっていく快感と何より萌え転がりました大好きですこういうの大好きです。

いまわたしが挙げた作品に少しでも愛着のあるヅカファンのあなた。
宝塚知らないけれど西欧史好きなあなた。
女性の活躍が好物なあなた。
イケメン好きのあなた。
なんとなく勢いに押された、あなた。

読んでください。
そして、その後、東宝版『エリザベート』を、観ましょう。
たまらなくなりますから。
いろいろとたまらなくなりますから。

ぜひ、読んでください。

須賀しのぶ『帝冠の恋』徳間文庫2016/9/15発行。
本体価格660円。

千円握りしめてもらったお釣りで近所の喫茶店でコーヒー片手に読んでください。
そして、人目があって萌え転がれない叫べない思いを共にしましょう。

ぜひ、読んでください。

たぶんこれ、ゾフィーの固定観念がある方のほうが、より衝撃を受けると思います。
そして単純にわたしが、わたしがこういうの好きなのです。

あー!

あーもう!

物語って、最高だなあ!!!
posted by こうや at 21:24| 東京 ☀| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月29日

新たな世界のものがたり

昨日手に取ったばかりの本に夢中になるあまり、通勤鞄がヘビーモード。
ごきげんよう、こうやです。

何の本かって、それはもう、今さらながらではありますが『アルスラーン戦記』でございます。今日は7冊入れてました重たいね。

こうやさんはけっこうわがままなのですが、そのわがままに一番翻弄されているのは実はこうや自身。
本屋さんに行って、いつもの続刊、作家さんの新刊類をチェックした後に、おもむろに下る指令があるのです。

「とにかくおもしろくて夢中になれるけど仕事が手につかないほどにはならず、でもページを開いた瞬間にその世界にのめりこめる力があり、先が読めなくてわくわくするけれども心が重くならず読後感がさっぱりして希望の光が灯るような作品を読みたい。」

どれだい?

もっとひどいときはこんなの。
「ふぁっとしてすかっとするけど善悪二元論でも勧善懲悪でもない、それでも明るいもの」

どうやらこうやさんはアウトプットが感情的なのですが、インプットは理性的な条件でありたいため、こんな条件をアウトプットした瞬間にインプットが混乱して途方に暮れてしまうのです。
どんなの、だい?
そのうえタチの悪いことに、わたしが愛する作家陣はどうも読後感が明るいとはいえず、なんなら明るく終わることもできず、心に深い爪痕を残すもののことのほうが多かったり。
我ながら難儀なことですが、つまり既存の好きな作家陣では願いが叶わないわけです。
まいったねぇ。

そんな折、ついに食指の伸びたのが、アルスラーン戦記でした。
作者は銀英伝で知られた田中芳樹さんですが、わたしにとってはなんといっても創竜伝のイメージが強い。CLAMPさんの美麗な表紙にうっとりしつつ、4兄弟の物語をむさぼるように読んだものです。
そして現在本屋さんで平積みにされている表紙は、十二国記でおなじみの山田章博さん。こちらもまたなんともいえずうつくしい……
しかしまあ、最初は様子見のつもりで買いまして。
読みまして。
翌日、大人買い♪
心の神棚に十二国記と守り人シリーズ、獣の奏者を陳列しているわたしにとって、この物語を、厭ういわれはありませんでした。

強国パルスに、隣国ルシタニアが攻め込みます。勇猛な王のもと、パルスはあっさりとルシタニアを追い散らす筈でしたが、立ち込める霧の向こうに裏切りの影が……

美しく富んだ国、パルスの強奪に始まったこの物語は、勇敢な騎士たち、そしてうら若い王子の冒険を中心に進んでいきます。
はい好き。もう好き。
中東をモデルとした異世界に、ファンタジーを成り立たせる重厚な歴史背景と人びとを設置し、その地理歴史や社会情勢が絡み合う、この、この、この!
まさに英雄譚、まさにサーガ。
ファンタジーとはかくあるべき、成長物語とはこうあるべきという、お手本のごとき作品で。
手も無く陥ちました。好きです。間違いない。
ましてや、無敵に見える騎士や智謀に長けた世捨て人、うつくしく強い女神官(しかしいずれも型通りとはいかず個性的かつ魅力的人物)に囲まれるひな鳥のような幼い王子の、まだ可能性の塊のような頼りなさ。
彼がいかに学び、成長していくかが楽しみになってしまいます。
しかもその出生やなにやに見え隠れする謎もあり、あああ早く明かしてと身悶えしたくなるものの、一時置いておかざるを得ない事態が目白押しで、また敵役も憎んでばかりもいられない方々ですし、それぞれの正義が異なるとここまでなるのかと思うような。まだ4巻までしか進んではいませんが、もう本当に、それどころじゃない!ぜ!な感じ。
一介の社会人として時間時間で労働をしているわたしにとって、まさに上記の条件を満たすすばらしい友として、今、アルスラーン戦記があるのです。

思えば学生時代は自由でした。
読みたい本があったなら、授業中でも読める。
高校あたりからはサボってでも読む。
なんなら徹夜してでも読む。
カラマーゾフの兄弟で頭がいっぱいになっていたとしても、試験がない限り影響はありません。
いくら本の世界に心を飛ばしていても、それはいわば自己責任。
いくらでも、いくらでも、それこそむさぼるように読んだって、湯水のように時間は湧いてきたのです。
それが徹底的に損なわれたことを知ったのは社会人になってから。
わたしが不器用なだけなのでしょうが、心を本の中に置いたまま働けず、したがって読む本を選び制限しなければいけないようになり。
本を買えるようになったら、読むチャンスが減ってしまったというこのジレンマに、未だに悩んでもいます。
もう少し心が強くなれたら読もう。
そう思って積んだままになっている本がどれくらいある?
疲れ切った今は読めないな、と思ってしまう本が、どれほどある?
文字を読まずにはいられないわたしが、物語を読むのを諦めるなんて。
こんなつらいこと。
でも。
今、アルスラーン戦記を読むことができて、とてもしあわせに思います。
読書の楽しみを、改めて得られているから。

アルスラーン戦記でなにかを思い出すと思っていたのですが、たぶん、グイン・サーガとNARUTOです。英雄譚の歴史物語。
特にグイン・サーガとは、主人公たちの置かれた立場も似通っていることもあり、重なる部分も多いのでしょう。

さてこの先この物語がどう動いていくのか、楽しみに読書に戻りたいと思います。

勢いよく書いてしまって読み返す気になりませんが、本当は別の本題があってその前置きのつもりでしかなかったのに、好きなものへの愛に我を忘れてしまったこうやさんでした。
今日の本題の予定だったものは、またそのうち書きましょう。

でゅわっ!
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2015年07月05日

無力感

ごきげんよう、こうやです。
いま、わたしはとてつもない無力感に苛まれています。
なぜなら……

現在、半年ぶり2度目の大量放出に向けて、本棚を整理しているところ。
今回の目標は、本を本棚に収まる量にとどめる、ということです。
そのためにも、基本は全部処分するつもりで、どうしても諦めきれないものだけを残すという方式にしようと思っています。
でも。
でも。
でも。
そもそも、本棚にいきつかない場合はどうすればいいのでしょう?
おかしいな、年末にかなり、本棚に収まりきらず紙袋に詰まっていた本を整理したのに……
それでもまだ、本棚に手を伸ばそうとすると、その前に紙袋が立ちふさがるのです。
おかしいな?
特に、本棚のこの部分に、もう処分しても良い本がどっさりある筈ということがわかっているのに、そこに、物理的に、手が届かないのです。
おかしいな?おかしいな?
どうすればいいんだろう。
段ボール5箱に、売りたい本をまとめなければいけなくて、いまもう3箱目が半分以上埋まっているのに、それでもまだ手の届かない場所がある。
これでは、また、本の整理がしきれずに終わってしまうかもしれない!
どうにかして、もっとすっきり、本棚を整理したいものですが……

首をひねりながらも、もう少しがんばってみるつもりです。
心折れる前に……!
posted by こうや at 12:27| 東京 ☔| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月30日

集めたいおおきさ

おはようございます!
昨夜は久々に良いお酒を飲みました、こうやです。
お酒自体の良し悪し以上に、どんな人とどういう話をしながら飲めるかが、わたしにとって酒席で大切なことのようです。
日本酒片手に海鮮鍋をつつきつつ、映画や本の話を思いきりできるのは楽しいですね。
興奮しすぎてすごい勢いでしゃべって笑ってた記憶しかありませんが……(;´∀`) ごめんねみんな。。。

性格がオタク、もう完全にオタク気質であることには何の疑いも抱いていないわたくしですが、収集癖みたいなものはそれほどないのでは、と思っていました。
冬眠前のリスのように溜め込む癖はありますが、ある程度は割と躊躇せず処分できますし、かさばるフィギュアや立体物はそれほど欲しいと思わなくなってきました。紅茶の缶かんは捨てられませんが、最近はそもそも缶目当てであまり買わない……
本を読むのは好きですが単行本はほとんど買いませんし、雑誌などは真っ先に処分対象になることが目に見えているのでよほど気になるもの以外は買いません。

なのになぜ、部屋が、片付かないのか。

冷静に考えて、ひとつの推論が導かれました。
どうも、わたしは「文庫本サイズ」に弱いようです。
本だと圧倒的断トツに、文庫本が好きです。
片手にするりと収まる大きさ、持ち運びも容易かつページめくりも容易でありながら見開きに物語世界へ没入させるだけの情報を詰め込み、それでいて活字も読みやすい大きさに洗練され、錆びついたわたしの眼筋でも瞬時に一文を読みきれる長さである。
出版社や年代により多少のばらつきはあるものの概ね定まった判型であり、本棚におさまったときの整列した存在感の清涼なことは異論のないところであろうと思います。
そして文庫本サイズとはつまりポストカードサイズ。はがき……捨てられませんね。
生まれてこのかたもらった年賀状はすべて取ってありますし、旅先や美術館のお土産で一番買えるのもポストカード。写真もL判よりはポストカードサイズが好きです。
ポストカードサイズのフライヤーは丁寧にとってあり、時おり眺めては思い出に浸り、なかには足を運べなかったものもありますが、そのフライヤーから想像して楽しんだりもします。
無印良品などで買い込むポストカードファイルは1pに4枚入るサイズなどではなくあくまでもポストカードサイズに準じるものであり、その分厚いファイルがもう二桁になるほどポストカードは集まっています。

どうもわたしは、感銘を受ける「おおきさ」が決まっているようです。
なるほど、そういうことであれば、わたしの部屋が文庫本やそのサイズで埋れていても仕方ありませんね。
このサイズを集めたがるのでは、ね……
そういう、こと、ですよね……?(;・∀・)

あとは日本でも標準になりつつあるA4の紙類があちこちに散らばってますが、これは、捨てる。全部リサイクルに出してやるんだからー!
フライヤーとか全部ポストカードサイズにしてほしいですよね。確実に可愛いサイズだと思うのになあ。

ま、まずは溜め込むなって話かもしれません。
posted by こうや at 08:12| 東京 ☀| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月25日

怖いものは怖い

あまりにも怖くてこれは言語化しておこうと思うので書き散らします。

三津田信三さんの憑くものシリーズは、すごくこわいけれど続刊を待ち焦がれる魅力にあふれています。

もともと怖い話というものが苦手でして、それでも思い返すと怖い怖いと思いながらも怪談本をめくってみたり七不思議や何歳まで覚えていると死ぬというような話を読んでいたものです。それでも怖くてひとりで暗いところに行けなかったなぁ。
小学生のとき、弟の幼稚園の園祭?でやっていた教室を使ったお化け屋敷に入り、床に蛍光塗料で描いたお化けを踏んで先に行くことができず、号泣しながら入り口に戻ったこともあります。(それ自体よりもそのときに親に「いい歳して泣きわめいて恥ずかしい」と吐き捨てられ怒られたほうがトラウマでしたが、しばらくは少しでも光る床に体重をかけることができませんでした)
それでも気づくと怖い話に手を出してしまっていたのは、ミステリ読みであり、ファンタジーの一系統として妖怪などが好きだったからかもしれません。
特に日本の妖怪は好きで、だからこそ、京極夏彦さんを知ったときは興奮したものです。
それに、ミステリ作家はえてしてホラー作品も書いていて、赤川次郎さんや綾辻行人さんの作品を読み連ねていくとやがてホラーを読んでしまったり、恩田陸さんもその系譜に連なります。

最近、といってもだいぶ前ですか、いつ頃だったかに改めて横溝正史にハマり、一作ずつ買っては読み買っては読みしていました。夜歩くまでは読み返したなぁ、何がきっかけで続きを追わなくなったのか。
たぶん、そこから三津田信三さんに入りなおしたからなのでしょう。

このミスだったか本ミスか何かで、刀城言耶シリーズの三作目が大賞に選ばれていたような。そのときにようやく名前を知り、でも表紙からして見るからに怖くて、ずいぶん敬遠していました。
ただ、横溝のようなねっとりとした日本の陰の部分を濃密に残したミステリを読みたくて、手にとったような気がします。
余韻の残るミステリは好きで、たとえそれが恐ろしい余韻だったとしても、有る程度以上謎が明かされていればそれは。
そして何より三津田さんの筆致が、たまらなく魅力的でした。

ただ、作家シリーズには手を出していなくて。あらすじを読んでもそれほど惹かれず(だって明らかに怖そうなのです)ひたすら憑くものシリーズの続刊を待っていたのですが。
ふと。新刊を手にとり、ふと、その姉妹編の前編にあたる本をなじみの本屋さんで見つけてしまい、ふと、買ってしまったのが、はじまりでした。
『蛇棺葬』は、疾走する電車内で読み終えたよですが、いやあめっぽう怖かった。人工の光にこんなに安心したことはありません。
そして安心したいがために買った『百蛇堂』はますます怖かった。ある程度謎が解けたのに、いやだからこそ、怖かった。

ただですね。
さすがにアラサー女子なので、昔のようには怖くないわけです。
ありがたいことに都会の近くで家族と暮らしているので、濃密な闇に包まれて帰ったり長い夜を孤独に過ごすこともなく。
今回の作品でいえば、わたしは明らかに狙われる側ではなく。どちらかというと、怪奇の側に近い外見であることは自覚しています。
部屋に長い黒髪がへばりついていたりびっしりからんでいても、「あ、掃除しなきゃ。海藻類ももっと食べたほうがいいかなー」と思いこそすれ怖がることもなく。
執着されるほどの感情を抱かれたこともないですし、誰よりわたしを可愛がってくれた祖父も石持浅海さんの『ガーディアン』にはなれどわたしを怖がらせることはないと確信しています。
でも怖いのは、ふとした電柱の影の暗がりや、何かが起こりそうな予兆や、そうした目の端のなにか。
起こってしまえばむしろ怖くない、その予感が一番怖いのです。
特に日本の、怪談や、ホラーは。
百蛇堂だってそうじゃないですか。そこからさらに何かありそうなのが怖い、逃げてるさなかが一番怖い。
小野不由美さん『悪夢が棲む家』だってそうです。起こってしまったことより、何かが起こりそうなこと、それ自体が怖いわけでしょう。
そんなことを思いました。

ちなみに、わたしが未だに自分史上最高に怖かったと断言できるホラーは、吉村達也さん『初恋』です。
あなたも明日から実践できるホラー!です。
だからこそちょう怖いです。
要するに、怪物や幽霊や化物やそういうものよりなにより、人間と、人間の情が一番怖いのです。
あれは怖い……本当に怖い。
再読不可な作品ナンバーワン。

ちなみに、映像作品はインパクト強すぎるので無理です。ゾンビもスプラッタもホラーもバトルロワイヤルもヤクザ映画も無理。刺激が強すぎます。なにせスパイダーマン2が怖くて泣いたくらいですからね。突然とか、そういうのに弱いです。

はふん。
落ち着いてきた。
はやみねかおる先生『都会のトム&ソーヤ4』を読んで心を落ち着けたいと思います。

あ、でも、三津田信三さんの作家三部作、前二作も今なら読めるのではないかしら……
家族がいるうちに、ああ……
posted by こうや at 22:12| 東京 ☀| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月01日

2月の本

二月は逃げる、と言いますが、本当にその通り、あっという間に過ぎ去ってしまいました。
残されたのは前半のチョコレート戦争で増えた我が脂肪のみ。。。さてどうしよう。。。
それはともかく。
脳みそが砂糖漬けになっていた頃はあまり本が読めずにいたので、今回は冊数もページ数も振るいません。漫画すら手をつけておらず積んでいるものが出る始末です。あらまあ。
そういうわけで二月は15冊、3,348ページという記録でありました。一日平均119.6p、少ないですねえ。
そのなかから今回取り上げたい本は、今さら感にあふれております作品です。

天地明察 [単行本] / 冲方 丁 (著); 角川書店(角川グループパブリッシング) (刊)私がまだ学生だった頃、一芯二葉さんで一緒にお茶したぬこさまに全力でオススメをいただき、各書店さんなどでも猛プッシュ、映画に漫画にとメディアミックスも話題となりながら、全然触れてこなかった作品があります。
本屋大賞にも選ばれ、直木賞の候補にもなったその作品を、『天地明察』と、いいます。
冲方丁さんといえば私は『マルドゥック・スクランブル』のイメージが強かったんですよね。
マルドゥックはすごく面白くて、そしてそれ以上に、読む側もへとへとに疲れるような作品でした。すごく疲れた。肩肘と虚勢をこれでもかというほど張って、生き抜いていく、そんな話でした。
だから『天地明察』も、基本の流れは同じ熱さをもっているのだとうと思っていたのです。
歴史もの? なるほど。マルドゥックはSFだったので一気に時代を遡る感じだなあ。
内容は……星、暦の話? ほうほう。そこに関わる人が命を尽くして「がんばる」物語なのか。うわあ熱血。これはそうとう体力があるときにがっつり読まないと搾り取られてしまいそうだぞ。
そんな風に誤解をして、誤解をしたまま数年が過ぎ。
文庫が出ても、上下巻ということで(一気に読める作品なら上下巻まとめて買うけれど、マルドゥック系なら上巻をまず買って読み終わった段階でその近くの本屋さんに行って下巻を買うのが良いなあと考えていたのです)やっぱりしばし様子見をしてしまっていました。
ようやく読む踏ん切りがついたのは、小松エメル『枯れずの鬼灯』を読んでもう少しがっつり江戸時代の熱い物語を読みたいなあと思えたから。
前の本を読み終わったその足で本屋さんに行き、上下巻を買い込み。
さあ読むぞ、と気合を入れて。
お気に入りのブックカバーをつけて、表紙をめくって。
吸い込まれました。
びっくりしました。
私の想像と、全然違う筆致だったので。

こんなにさらさらと淡々と、静かな筆致の作品だったのか。
それが最初の印象でした。
マルドゥックが油絵の具をどっさり塗りたくった原色の作品とするならば、こちらは淡い色合いで描かれた水彩画のような。
でも決して水墨画ではなく、そして意外と強い色合いも含まれているけれど、全体としてはあくまでも淡く明るい雰囲気の。
とてもすてきな作品でした。

江戸時代の、暦の話です。
そしてそれ以上に、算学の話です。
天の理は数字によってあらわされる。そんなことを思えます。
まず主人公が良い。渋川春海は趣味に没頭する朴念仁で、今でいう算学オタク。時に自分の仕事をそっちのけにして問題に取り組んでしまう熱中ぶりです。それでも、ひとたび仕事をやらせるとなかなかの腕前というあたりうらやましい。
職業、碁打ち。趣味、算学等々。いいねえ。
そしてそんな主人公が恋焦がれてやまない相手が、よりにもよってあの、「和算の大家」関孝和なわけですよ。
読んでて血が沸騰しましたよね。
関孝和といえば、上毛かるたで知ったのがそもそものはじまり。何が何やら言葉の意味も分からずにとにかく「ワサンノタイカ、セキコーワ!」と諳んじていた幼少時代。
少し成長すると関孝和について調べるようになり、ますます「なんて人なんだ」と感動を新たにしていました。
そんな関孝和が、まさか、登場するなんて。
しかもほとんど神か悪魔かのごときその伝説っぷり。生ける伝説とはこのことです。
いやあ良かった。
そんな関孝和に強い憧れを抱きつつ、春海は進むわけです。
さあそれが。
ビルドゥングス・ロマンなんですよねー。
平穏すぎる、定石どおりの日常ではなく、ソノサキニアルモノを求めている……その一方で諦念ももっている春海。そんな彼が否応なく、大きな渦に巻き込まれていきます。
笑いあり涙あり、淡々としかし冒険活劇もあり。
ラブロマンスもほのかに感じさせつつ、男たちのホモソーシャルな関係もあり。
屈辱と成長、失敗と未来、そんなもうまさしく王道の成長物語であり青春群像劇でした。春海の晩年まで描いているこの作品、青春時代は途中で終わるのでは、と? いえいえ。青春は年齢ではありません。そういうことを理解できます。この作品はひたすら、青春を描いたものだといえましょう。

今さらの今さらかもしれませんが、やっぱりあまりストーリーに言及するのは遠慮しておきます。
でも、これは、本当に、面白い!
絶対絶対オススメです。大プッシュしていたみなさまの気持ちがよく分かりました。
はー楽しかった。こういう出会いがあるから読書は楽しいですね。
さて、今月はどんな出会いがあるかしら。また本を読むのが楽しみになりました。
あ、ちなみに、カバーが好みなので今回掲げている表紙は単行本版です。悪しからず。

さて、今夜は、星空を見上げながら帰りましょうか。
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2013年02月08日

1月の本

月に一度くらいは本の感想でも書きましょうか、な試みを始めてみます。
2013年1月に読んだ本は29冊、ページにして9626p。一日平均311pくらいです。
完全に趣味の本、物語系しか読んでいないのであれですが、うんそもそも私は物語に生きてきた人間なので問題ない(´∀`)

一番面白かった、とか、一番○○だとどれにすればいいのか悩んでしまうので、どういう基準で書こうかなあと悩んで。
なんとなく頭に浮かんだものにしようかなと思い。
なおかつ、初っ端からシリーズものというのもあれかなと思ったので。
遠い約束 (創元推理文庫) [文庫] / 光原 百合 (著); 東京創元社 (刊)これにしてみました。
とっても綺麗なミステリだったので。

昨年の神保町ブックフェスで買ったこの文庫。光原百合さんの作品が大好きで、大好きな割にあまり読めていないので完全に作者買いしました。
作者買いした割にそのまま積んでいて、ようやく読んだこの1月。
疲れた心に染み入る作品で、とてもほんわかしたり。
大学に入り、憧れのミステリ研に入部した女の子と、何癖もあるけれどそれがゆえにたまらなく魅力的なミス研の先輩方、そして約束の物語。
ああもう、きれいだなあ。
うっとり読めてしまう作品です。使っている機械が古めかしいのもなつかしい。はふう。
良いものを読めました。光原百合さん好きです。はふう。
そしてこれを読んだら、王道の古典たる英米ミステリに手が出てしまうのは、まあ仕方ないことと言えましょう。
なんだいミス研、入りたいなあ。
自分の行ってた大学のミス研はかなりの有名どころだったのですが、規模が大きすぎてあっさりフェードアウトしてしまいました。今考えると残念というか、心残りではありますが。
まったりミステリ読んで、月イチくらいで読書会開いてぐだぐだしゃべりながらお茶とかお酒とか飲む会くらいの、ゆるくて小規模な会をやりたいものですなあ。
なんとなく、そういうことを思う作品でした。

この、センチメンタルな優しさが癖になるかどうかかなあ。

そして、少女小説における「大叔父さん」の存在の大きさに思いを馳せたい。これはミステリですが、少女小説でもある、というような。
posted by こうや at 21:00| 東京 ☀| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月08日

ブックカバー!

一目惚れしちゃいました。
てぬぐいのブックカバーです。
IMG_1056.JPG
大好きな臙脂色、しかも大好きなたい焼き柄!
これからブックカバーローテに組み込まれる予定ですが、使うのが今からとっても楽しみです(ノ´∀`*)
色落ちしないといいな(ぼそっ)
posted by こうや at 19:00| 東京 ☁| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月09日

信じて飛べ!

私が古舘春一先生の『詭弁学派、四ッ谷先輩の怪談。』を愛してやまないことはもうみなさまご存知かとは思いますが、そんな先生の最新作がついに単行本になりましたー!
バレーボール漫画です。『ハイキュー!!』。
設定自体はすごくシンプル。中学最後の試合で敵味方として出逢ったふたりが、高校で味方どうしとして再会するというもの。
主人公は熱血で真っ直ぐ、バカだけど一本気。常人離れした突出した才能とまでいかずとも(今のところ)、元々の素質と努力と熱意で魅せる子。いわば太陽。名前もそのもの、「日向 翔陽」。
そしてライバルでありもうひとりの主人公なのは俺様。完璧なコントロールと計算、そして自他にいっそうの高みを求めるストイックな面も。本人のトラウマともなっているあだ名が体現する人物。いわば闇。名前もそのもの、「影山飛雄」。
もう、これだけで、泣けますよね。ていうか実際、この4行書きながらうるうるしてます。
なんといっても、スラムダンクとタッチ、H2で育った世代としては、王道のスポーツ漫画ってそれだけで胸が熱くなるわけですよ。かなりギャグ部分も多かったにせよアイシールド21も大好きでしたし、初期のテニスの王子様だって楽しく読んでました(笑)
そんな私が、こんなまっすぐなスポーツ漫画に、まして敬愛する春一先生の漫画に、ときめかないわけがない!
この作品は二度の読切を経ての連載で、二度の読切とこの連載第一回でかなり変化があり、その(あえていえば)「成長」にもぐっときてしまいます。
そしてこのね、第一話がね、たまらないのです。これで泣けたらもう買うしかないですよ。こういうの好きな人は絶対たまらないと思う。
試し読みもあるので、よろしければぜひ!
何度読んでも泣けます。

しかしここですごいなあと思ったのは、主人公への共感や同調を排していることです。
ストーリー自体は日向の視点を中心として描かれるのですが、日向に寄り添う読者を、絵が、突き放す。
第一話の日向、「まだ負けてないよ?」のコマ。ここの日向は、明らかに、「異質」なものとして描かれています。
それを証明するように、ここで突然、語り手は影山に移動。日向は「影山から見た」存在、得体の知れない存在であり、影山が求め憧れている存在(不屈の精神)を備えているような人物として描かれるのです。
そして。
そこで。
忘れられない瞬間が、訪れる。
「異質」なものとしての日向が、主人公としての特性を、そこで、見せるのです。
魅せるのです。
しかしその魔法は解け、読者は再び日向に寄り添うことになります。

逆に言うと、日向を主人公たらしめるためには、日向の「異質」さを物語れる、そしてその「異質」の価値を理解できる人物が必要であり、それが、影山なのです。
強い日差しのそばに濃い影ができるように。
日向があれば影がある。
それが二人の関係。

最初の読切のときは、アイシにちょっと似てるかな、と思いました。自覚のない才能を持つ主人公を、先達が「見出す」物語。だったから。
それが、「出逢う」物語になり。
そしてこの連載で。主人公がもつ才能は技術の才能ではなく、その精神にあるのだと。
そしてそれは主人公の性格と、特性と強く結びつき、また主人公にその才能の自覚がないのではなく、それを「当然」と捉えていることが浮き彫りになったとき。
そんな「異質」が、「繋ぐ」ことが何よりも大切なスポーツであるバレーボールの一選手として組み込まれていくためのドラマが、これからつむがれていくのだとしたら。
それは、古今東西の名作にも「繋がる」、面白さを備えるに違いないことが、見えてくるのです。

二人が入った高校は「烏野」高校。烏の黒さは影山につながります。
三度(以内)のタッチで相手に送るのが、バレーボール。
そこから、三本の脚を持つ八咫烏を想像しないではいられません。
八咫烏は太陽の化身、それは日向につながります。
そして八咫烏は、信仰の対象でもあるのです。

……ああもう、本当に、あらゆることを言いたくて、まだまだ言いたいことがありすぎてたまらなくてでもそういうの全部おいておいて単純に漫画として す ご く 面 白 い そんな『ハイキュー!!』、すごくオススメです。
IMG_0987.JPG
我 慢 し て 買いました。これで我が家に古舘春一先生の単行本が9冊ある計算になります(待って4種類しか出てないよ)

自分がキモすぎてさすがにドン引き。

ちなみに。購入日から毎日『ハイキュー!!』読んでますが、未だに新発見の連続でこれほんと面白いね!!!!!!!!
posted by こうや at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月26日

怪談えほん。

本の感想が続いているので、その流れに乗って。

私は割と雑食気味に本を読むので、統一感がないのですが。
最近、オススメされてすっかりハマってしまった本があります。
それは、「怪談えほん」シリーズ。
岩崎書店さんの企画、東雅夫さんの監修というかなり本格的な「怪談」で「絵本」のシリーズ。
執筆陣も、宮部みゆきさん、皆川博子さん、京極夏彦さんなど実に多彩。
今までになかった、「子どもが夜ひとりでお手洗いに行けなくなるくらい怖い絵本」のシリーズです。

宮部みゆきさん作、吉田尚令さん絵『悪い本』。
悪い本 (怪談えほん1) [単行本] / 宮部 みゆき (著); 東 雅夫 (監修); 吉田 尚令 (イラスト); 岩崎書店 (刊)悪い本 (怪談えほん1) [単行本] / 宮部 みゆき (著); 東 雅夫 (監修); 吉田 ...二人称で描かれたこの作品は、最初、怖くないような気がして、でも、じわりじわりとその怖さが自分に迫ってきて、理解するとすうっと血の気が引くような、そんな作品でした。
ゆっくり、じっくり、読んでください。
本当に、怖いです。
私はなぜか(いえ理由はあるのですが)北村薫さんの『スキップ』三部作を思い出しながら読みました。

皆川博子さん作、宇野亜喜良さん絵『マイマイとナイナイ』。
マイマイとナイナイ (怪談えほん2) [単行本] / 皆川 博子 (著); 東 雅夫 (監修); 宇野 亜喜良 (イラスト); 岩崎書店 (刊)マイマイとナイナイ (怪談えほん2) [単行本] / 皆川 博子 (著); 東 雅夫 (監修)...すごく上質の幻想文学が持つ怖さです。
つい最近皆川さんの『開かせていただき光栄です』を読んだばかりだったので、その世界観と勝手にリンクさせてしまい、さらに幻想的な世界に浸っていました。
すごく、泉鏡花さんの作品を読み足したくなるような、そんな、うつくしい作品。
きれいはきたない、きたないはきれい。
これはシェイクスピアですが。ああ、そんな言葉がぴったりな、絵本です。

京極夏彦さん作、町田尚子さん絵『いるの いないの』。
いるの いないの (怪談えほん3) [単行本] / 京極 夏彦 (著); 東 雅夫 (編集); 町田 尚子 (イラスト); 岩崎書店 (刊)いるの いないの (怪談えほん3) [単行本] / 京極 夏彦 (著); 東 雅夫 (編集);...直球www キタwwwww
今までの中で一番怖いです。怖い。これ怖い。
もう、直球の、ザ・怪談。怖い話。
出てくるお家は誰もが身近に感じた経験がありそうな、ああ、あの、何かが出そうな感じの、お家で、そこに、いるの、いないの。
そう。いるの、いないの、なんです。
認識論的な話もありーの、お話自体には全然関係ないところに仕掛けがあってそれが面白い反面ちょっとぞくっとしたりもして。
はあ。京極さんがここまで文章をそぎ落として、芯に残る怖さって、すさまじいものがあるな、と。
思いました。

恒川光太郎さん作、大畑いくのさん絵『ゆうれいのまち』。
ゆうれいのまち (怪談えほん4) [単行本] / 恒川 光太郎 (著); 東 雅夫 (監修); 大畑 いくの (イラスト); 岩崎書店 (刊)ゆうれいのまち (怪談えほん4) [単行本] / 恒川 光太郎 (著); 東 雅夫 (監修);...この世界観、私、大好きです。もしかすると一番好きな絵本かも。
単純に怖い、ちょっとした冒険譚というだけでなく、これを比喩として捉えると大人も活発に議論できる、その手がかりとしての絵がここまでくるとかなりアーティスティックだったりもして、もう、これの、完成度は、すさまじいものがありますね。
すごく良いです。
恒川さん、私は「ホラー大賞受賞者」ということで敬遠していたのですが、こんなうつくしく流れるような文章を書かれる方なのかと、俄然興味が湧きました。
ずっと気にはなっていた「夜市」、読んでみようかしら。
これはもう王道の児童文学、それこそ柏葉幸子さんの『霧のむこうのふしぎな町』などを読みたくなるような、そんな作品。

そして最後。加門七海さん作、軽部武弘さん絵『ちょうつがい きいきい』。
ちょうつがい きいきい (怪談えほん5) [文庫] / 加門 七海 (著); 東 雅夫 (監修...ちょうつがい きいきい (怪談えほん5) [文庫] / 加門 七海 (著); 東 雅夫 (監修); 軽部 武宏 (イラスト); 岩崎書店 (刊)これはまだ発売されていません。読むのが楽しみです。もうでも、ちょうつがい、が、きいきいって、それだけで怖い……

怪談えほんは読めば読むほど好きになるシリーズで、好きすぎてイベントにも参加させていただき、編集者の方の生の声をたくさん聞いてますます好きになりました。
絵本は誰が読んでもいいものです。対象年齢なんてあってなきがごとし。子どもも、大人も、それぞれに楽しめればそれだけでいいのです。
そんな風に感じました。
だから、絵本だからといって、大人が躊躇する必要はないのです。
実際、成人してから、いったい私は何冊絵本を読んだか。部屋に何冊絵本が増えたか(笑)
それに執筆陣も実に豪華ですし、たいへんゴージャスな内容だと思います。
ぜひ、ご一読ください。
そしてできれば、そろえて、本棚の隅にそっと……しまっておいてください。
いつか、子どもがそれを「見つけ」て、そして、このおそろしくもうつくしい世界に旅立てるように……

『悪い本』で(国産)ホラーの基本を、『マイマイとナイナイ』で幻想文学の基本を、『いるの いないの』で怪談の基本を、『ゆうれいのまち』で児童文学の基本を、学べると、私は思います。

さあ、あなたは、この えほん を読んで、

どんなことを、感じるでしょうか……
posted by こうや at 22:00| 東京 ☁| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月25日

漫画『森薫拾遺集』

しばらくご無沙汰していたお店のポイントカードを間違って処分してしまっていたらしく立ち直れないこうやですこんばんは。
いいもん、再発行してもらったから……ポイントはまた溜めればいいのよ……(´;ω;`)ブワッ

さて。
大好きな漫画家さんの新刊を発見したので、先日いそいそと買い込んできました。
ここ最近は本当に漫画充しています。しあわせです。

森薫拾遺集 (ビームコミックス) [コミック] / 森薫 (著); エンターブレイン (刊)森薫拾遺集 (ビームコミックス) [コミック] / 森薫 (著); エンターブレイン (刊)もうね、こんなね、エロいと思わなかった……ッ!
『エマ』も『シャーリー』も大好きで、『乙嫁語り』を日々待ち遠しく思っている私にとってこれは外せない一冊だったのですが、もうね、これはね、ページをめくるごとに「ひゃんっ」って声が出ましたよね、いえ本当に……
けっこうみなさま言われていることかもしれませんが、「畳」「人妻」「水着」の破壊力ったらないですね。ある種王道なのかもしれないこの単語、で、ここまで、うわ、これは、きゃー(*ノ∀ノ)
こう、小学生男子が大人の世界を覗き見してしまった気分と言いましょうか、あれですね堂々としたバニーガールよりも恥じらう人妻のほうがこうよっぽど……!!!







落ち着け、自分。

とにかく森さんの作品はどれも書き込みがすごくて、というかこのレースとかメイドさんとか本当に憧れるレベルの素晴らしさでいくらでも読み込めます。ギャグメイドものは面白かったです。でもコミカルなのにイイ笑顔のメイドさんが美麗すぎて本当に。本当に。そしてコルセット特集は単純に勉強にもなりました。コルセットすごいー……絶対苦しいしこのせいで昔の女性はよく気絶して気つけ薬のブランデーが必要だったんですよねすごいー。
時々現代ものも入っていたりして、それがまたそれぞれきゅんとしたりくらっとしたりきゅんとしたりぞくぞくしたりうわもうほんとうに……
乙嫁好きさんはちょっとびっくりしてしまう内容かもしれませんが、森薫さんの美しいイラストがぎゅっと詰まったかなりお得な短編集&イラスト集なので、オススメですよん。

あー……買って良かった……しゃわせ……(*´ω`*)

ちなみに。カバー剥いたときのゴージャスさもすごく好きです。こういう装丁の綺麗な単行本とかあったあった。うふふ。
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2012年02月22日

今週からついに新連載がはじまりました!

私がこの世で最も敬愛する漫画家さんのひとり。
わずかな期間でそんな存在にまで昇りつめてしまった、それくらい大好きな大好きな漫画家さんがいます。
現在、週刊少年ジャンプを中心に活躍していらっしゃる、古舘春一先生です。
初連載は『詭弁学派、四ッ谷先輩の怪談。』単行本では全三巻。我が家には今のところ2セットあります、保存用と布教用ですね。もう1セット、観賞用を買おうかと考えているところです。
その第一巻第三巻に関しては以前も記事にしてました。

……(自分で記事を読み返す)……

うわー、好きすぎて気持ち悪いわあ……若干ドン引き。
いえいえ。
好きが嵩じていろいろ他にもキモチワルイコトしているのですがそれもまあいいとして。

そんな古舘先生が、ついに、満を持して、今週からWJ本誌で新連載を始められましたー!ヾ(*´∀`*)ノドンドンパフパフー
私、基本的にジャンプの来週予告を読まないので、何も知らずにふらりと月曜日にコンビニ行ってそこで倒れるかと思いましたね。
だって。
だって。
古舘先生の表紙絵とか……ッ!!!
週刊少年ジャンプ 2012年3月5日号 NO.12 [雑誌] / 集英社 (編集)
週刊少年ジャンプ 2012年3月5日号 NO.12 [雑誌] / 集英社 (編集)
いやもう本当に危険でした私の心拍数がマックス超えたかと思いましたよ。
伸ばした手はぶるぶる震え、表紙をそっと撫でて、「新連載」「ハイキュー!!」「古舘春一」の名前を確認して。
もう我慢できませんでした。これ以上の情報は今は無理……!
そう、チキンな私は月曜日に読むことなく、翌火曜日に……何をトチ狂ったか二冊も本誌を購入したのでした……
もちろん、観賞用と保存用です。落ち着いて自分! あなたの部屋はもう飽和状態よッ!

そして読みましたよ54p。しかも巻頭カラー。私はいったいどんな善行を積んだのでしょう。1ページ1ページ、1コマ1コマが幸せでなりません。

「ハイキュー!!」自体は『ジャンプNEXT』で読みきり、その後本誌でも読みきりがありました。二度の読み切りを経ての連載なのです。
だから、そのたびに、少しずつ設定や内容やコマ割りも違って、それが、また、たまらなくて、というか、うわあああ、明らかに成長してらっしゃる……!
正直ですね、泣きました。ぼろぼろっと。自分でもびっくりしましたが、泣きました。このわずかなページに、このコマに、直接描かれてはいない筈のたくさんの“想い”が詰まって、あふれていて。
私は、古舘先生の絵が、物語が、キャラクターが、そして何よりその空気が、大好きです。
これから毎週、古舘先生の作品に触れ合えるかと思うと、月曜日も辛くありません。むしろ、しあわせでいっぱいです。

連載おめでとうございます。
そして、連載ありがとうございますヾ(*´∀`*)ノキャッキャ

バレーボール、早くも好きになりそうです……←単純w
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2011年11月02日

神保町の最大のおまつり

神保町古本まつり&ブックフェスティバルに行ってきました!
主に靖国通り沿いで開催される古本まつりは、新古書から希少価値の高い本まで(うわああああ! と叫びたくなる涎の垂れる本もあります)これでもかっというくらい勢ぞろいしていて、お財布を空にしていかないと危険なことになります。いや、これ本気だぜ? やばいぜ?
そしてブックフェスティバルというのは、主にすずらん通り(靖国通りと平行に走っている、ティーハウスタカノのある通りですね)で開催される、びっくりするほど出版社さんが大盤振る舞いするまつりです。10月末の土日はそんな古本まつり(こちらのほうが長くて11/3まで)とブックフェス(こちらが10/29、30のみの開催)が同時開催なので、ほんと大変なことに。
まあしかし今年は古本まつり側にちょっと目当ての本があったので、資金潤沢で殴りこみました。

神保町の駅に降り立ち、まずは某予約。その待ち時間の間にさくっと古本まつりとブックフェスを回ることに。
まずは古本まつり、靖国通りを端から端まで歩きつつ目当ての本がありそうなところを重点的に、でもすべての本棚をチェック(だって見逃したら嫌だからね!)。ずざっとチェック。いやあ動体視力鍛えられますね! あと瞬発力ね。
う、あれ欲しいな、わ、これ気になってたんだよな、いやいやでも……
と悶絶することしばし。
結局、ガレージセールで個人的に追悼のつもりで数冊、あと買い逃していた文庫を一冊購入。
ちなみに目当ての本はありませんでした(´・ω・`)ショボーン 知ってたけどね。欲しいものピンポイントすぎるし需要も供給もまずないの知ってたけどね(´・ω:;.:...

だいたい満足したところで三省堂をぐるりと回って、続いて向かうのはブックフェス。
もうね、ここのね、一番の 敵 は決まってるんですよ。
毎年毎年毎年毎年勝てない敵。そう、その名は「早川書房」。
……ずるいですよね。滅多にサイン会を開かない作家さんのサイン本を、新刊価格で売るなんて。
買うじゃないですか。
買うしかないじゃないですか。
今年こそはもう買うまいぞ、と思っていたのですが……
この間読み終えたばかりの『アリスへの決別』を見つけてしまい、堤防決壊。
気づいたら三冊も買ってたよ……あれ……?w 早川さんに完敗www うれしい負け方だからいいのかなw
悩んでいる間に二冊買いそびれてしまい、そのときはすごく悔しかったのですが、今考えたら五冊購入で危ないところだったのですね。まんまと術中にハマってたw
というわけで、今年も時計の長針がひとまわりする間に鞄の中の書籍が二桁突破しました☆-(ノ゚Д゚)八(゚Д゚ )ノイェーイマンゾクマンゾクゥ!

……orzorzorz

ちなみにタカノさんはダージリン二種くらいとニルギリ、ウバ、ディンブラのセールをしてました。
アッサムかブレンドあったら買おうかなと覗いたのですが、とりあえずスルー。店頭であったかいミルクティーも飲めたようだったので、そっちは買えば良かったかなー。ちょっと本のことで頭がいっぱいすぎましたw

そうこうする間に予約時間が迫ってきました。
実は今回はじめて、チャレンジしてみたことがあるのです。
印章会館で開催している、無料印章彫り体験〜ヾ(*´∀`*)ノキャッキャ
蔵書印に憧れがあり、中学の美術の授業で印を彫る際にも人一倍がんばってしまった(そして気に入ってる文庫にぺたぺた捺してにまにました)わたくしです。
不器用ですし美術系の作業から離れて久しいですが、せっかくの機会ならやってみたいじゃないですか……!
印章には一文字、好きな文字を彫り込めるそうです。二文字以上はできないのかー「紅茶」とか考えてたけどどうしようかな……
普通に本名の一部とか、いろいろ考えたのですが、なにぶん自分が不器用である自覚と自信をもっているので、なるたけ簡単なやつにしよう! と思って選んでみました。
IMG_5670.JPG
「こ」。よりによって、ひらがなの、「こ」(笑)
いやーでもーすごく楽しかったですヾ(*´∀`*)ノキャッキャ
何せたったの二画ですし、作るの白印だったので気をつけることは「深く彫る」「曲線がんばる」だけでした。
がしがし彫ったよー力思いきり入れましたよー。
そしてぼっち参戦だったのでさくっと彫ってさくっと外に出たら、担当の方や受付さんに「彫るの速いね」や「はじめてなのに上手に彫れたね」とほめていただけ、すっかり気分良くなりました。単純w
はじめてだと漢字の方が彫りやすいそうです、曲線は彫りにくいそうな。でもまあ曲線いっても「こ」だし……w これが「ぬ」だったら確かに苦労しそうですが、
また来年ぜひ、と言ってもらえたので、今度はちょっと難しめな漢字など彫ってみたいと思います(*´ω`*)

そしてこの「こ」、来年の年賀状や今年のクリスマスカードにぺったんするかも……///
年賀状欲しいという方は、ご連絡くださいねん(笑)
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2011年10月27日

SF=「すごく」「皮肉」

正しく書くと「SH」になっちゃいますけどwww

今日は活字文化の日だそうで、今日から二週間くらい読書週間とのことだったので、せっかくだし久々に読書感想でも書いてみようと思います。

アリスへの決別 (ハヤカワ文庫JA) [文庫] / 山本弘 (著); 大石まさる (イラスト); 早川書房 (刊)
山本弘さんといえば今かなりの勢いと知名度をもって語られるSF作家さんだと思いますし、SF界に疎い私でも何冊も読んだことがあり、SFファンにもあまり興味のない方にでも楽しんでもらえるような読みやすい作品を多く物している方だと思います。
そんな山本氏による短編集、刊行は去年ですがなかなかタイムリーなものが多く、なおかつとんがっていて面白かったです。
表題作は「おやおや、この経緯聞いたことがあるぞ」と、読み終えると同時ににやりとしてから薄ら寒くなること請け合い。もうほんと……これがSFであることを、すなわち予言とならないことを祈るばかりです……
個人的に最も怖かったのは、「リトルガールふたたび」でした。
や、これ、笑い話じゃないだろ! 怖すぎた……なんというかもう……歴史はね、繰り返しますよね。ギリシャ時代から人間はカケラも変わっていないのです。
ただ気になるのが、あまりにも直接的なメッセージすぎて読み込むまでもないということ。目の前に調理済みのものをこれでもかとばかりにぐわん!と放り出されると、それはもうただのメッセージだよなあと……思ってしまったり……ああうう。
でも、面と向かってこれを叫べる人は少ないし、いてもネット上であまり外に出ることはないのではないかなあと思ったりもするので、そういう意味で「文学」に落とし込んで(本当に落としこめているかについては議論の余地がありそうですが)提示したという意味では大きいのかなと思いました。ラスト二編なんかはもうある種理想の世界ですよね。私含めて(笑)一部の人の理想郷。
人によってSFに求めるものは違うと思いますが、私はこういうSF作品は好物です。分かりやすく面白い皮肉。
あと「七歩跳んだ男」はミステリですね。タイトルからして西澤保彦さんの『七回死んだ男』を髣髴とさせてニヤリとしてしまいました。オマージュではないかもしれませんが、こういうゆるいつながりを自己満足的にでも見つけられると本当にしあわせな気分になります。

さて、SFといえば日本には数人の巨人がおりますが、恥ずかしながら実はほとんど手を出していなかったりします。
そんなわけで今さらですが神林さんをはじめて読んでみました。
狐と踊れ (ハヤカワ文庫JA) [新書] / 神林 長平 (著); 早川書房 (刊)
デビュー作を含む初期短編集の再編集だそうです。
「ビートルズが好き」だけは発表当時の空気を知っていないと良く分からないのかな、と思ってしまいました。当時のビートルズに対する人びとの印象や言説があって成り立つものかしらと(解説を読んでのイメージなので、特になくても大丈夫ですが)
先に挙げた山本弘さんが平易な文体でメッセージも分かりやすかった(分かりやすすぎた)のに対し、こちらは「訳が分からない」ものが多い印象。
でも、この訳が分からない感じもまた、SFならではかなと思ったり。
この人の独特の空気感はかなり癖になりそうなので、他の作品も読んでみたいと思いました。
表題作の「狐と踊れ」はかなり切ない気持ちになりました。ああ……そういう、意味だったのか……

上二作はどちらもベクトルは違えど(違うとはいえそれほど違いはしないともいえますが)非常にSF的な作品といえますが、それとは少し毛色の違う作品を最後に。
大正二十九年の乙女たち (メディアワークス文庫) [文庫] / 牧野 修 (著); アスキーメディアワークス (刊)
これは、かなりグッときました。
大正二十九年(もちろん存在し得ない年ですよ)、逢坂(大阪ではありませんよ)にある逢坂女子美術専門学校で出会った四人の女学生が、きな臭い世相や恐ろしい事件に立ち向かいつつ不器用に懸命に短い青春を生き抜いていく、作品です。
これは、ひどく鋭い青春小説。
いわゆるひとつの、あり得ない過去への憧憬を含んだ「青春」ではなく、誰もが心の内に抱え込んでいた、忘れたいものの表象としての醜さや暗闇や、そういったものを眼前にあらわした青春。
正直、SF、という括りに入れたくはありません。し、たぶんSFではない。すみません。牧野さんはSF作家といえると思いますがこれは青春小説です。
自分自身が好きなせいもあって、「大正」を元号とする時代の物語はたとえそれが架空であれ愛おしくなります。ましてや社会的に力を持たない乙女たちが自ら自身を武器に社会に名乗りをあげるものなんて、好きにならない筈がない。
胸が締め付けられるような閉塞感と、その先にあるすこんと突き抜けた青空。
目の裏に沁みる青空のような読了感を与えてくれる、良い、物語でした。

久々に書くとうまく感想を言語化できませんが、このあたりで。
最近適当に読んでいる筈の本がどれもどこかで共通していてどんどん緩くリンクして自分の中に広がっていきます。
その感覚は少し恐ろしいようでいて、なんともいえない快感に満ちていたり。
あくまでも自分本位のつながりですが、こうしてつながった先に新たな何かが見えたなら、それはすごく楽しいことだなあと思って。
それが少しでも伝わるように、つらつら書いていければなあと思います。
以上おしまい。
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2011年10月16日

現実逃避の戯言

とにかく本を読むのが好きで、人間の友だちより先に本が友だちだったような人生を歩んできたので、本を読むことに関しても人間と同様に「出会うタイミング」が重要なのだと考えています。
基本的に多読濫読の方だと思いますし、それこそ一度に五冊くらい同時に読み進めたり(電車内や歩いている最中、学校や家で寝る前など場所によって読むものを変えているのです)人に薦められて読んだりしてもこれは自分が今読むものではないなと思うと途中で眠らせたりして(最長だとたぶん18年くらい眠っている本もあります、最近特にその本のことを思い出すことが多いのでそろそろ機が熟してきたのかも)心の中の「読書中」棚に留めておいたりします。
そういうときには栞が欠かせなくて、だから、物心ついたときからやたらと栞を集めていました。

栞は断然紙やそれに準ずる薄いもの派です。
何せどれくらい挟んでおくか分からなかったりしますので、できるだけ本に跡のつかないものが重要。
全国各地のお土産で一番喜ぶのが、その地方の織物や刺繍、名産柄の入った栞だったりもします。
中学生のときに、誕生石に似た色合いの愛らしいチャームのついた銀のブックマークを誕生日にいただいたことがあり狂喜しましたが、結局使いどころが分からず鑑賞するだけになったり。
あまり重厚なものなどよりも、気楽に使える丈夫なものが好みです。
一時は金のブックマークを集めていて、ネコや開いた本や葉脈の形のものが手元にありましたが、今は全部「眠って」います。
後輩にもらった押し花の栞も「眠って」いるなあ。
機が熟すのを待っている本は現在12冊、それぞれに挟まっている栞も込みで覚えているので、いつか読み返すときにその栞に再会するのも楽しみだったりします。
それに栞はまだ山のように、二缶分は積んであるので(デザイン違いの紙の栞なども全部取ってあるので)これからまだいくらでも読めそうです。

布製やビニール製のブックカバーは、外に持ち出すときに付け、読み終えたら取り外します。そうすれば帯を傷めずにすむので。
何年か前にもらった新潮文庫のアロハブックカバーは便利。紀伊国屋のブックカバーや新潮文庫の100冊ブックカバーは気を抜くとくっついてしまうときがあるので要注意。
本屋さんでつけてもらえるブックカバーは気分によって取り外して収納したりしなかったり。たいていは元が一枚紙なので、持ち帰って本の高さに合わせて綺麗に折り直して付け直します。実際の高さよりも高くぴょこんと突き出しているのは嫌い。だから糊で貼り付けてあって折り直しにくいジュンク堂のブックカバーは少し苦手です。布のカバーは下手すると文庫より小さくて上や下が飛び出たりするのに。






そんなことはどうでもよくて、

要するにつまり、

間もなく迫った発表のレジュメをどうしても書くことができないのでとりあえずアウトプットの練習兼ねての久々のブログなのでした。。。

紅茶の話や本の感想や映画のあれこれや舞台……
書きたいことは山ほどあるのに、どれもうまく言語化できないでいるうちに機を逸してずぶずぶ腐っていきそう。
何事も勢いとタイミングが肝心ですね。

逃げてばかりもいられないなあ、はあ。
posted by こうや at 23:53| 東京 ☀| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月20日

生涯に一度の食べ物

大学生特有の長い長い夏休みもそろそろ終わり。
夏休みの宿題っぽく、読書感想文でも久々に書き散らしてみようと思います。

蜜蜂のデザート [単行本] / 拓未 司 (著); 宝島社 (刊)
この夏はやたらと本を読みたくなりました。それも、自分の研究とはまったく関係のない、物語ばかり。
最近は気心の知れた作家さんの作品や評価の定まったその道の名作ばかり読んでいたので、ちょっと新しい風を取り入れたいなと思い、本屋さんをうろうろして気になった作品をメモしておき、片端から読んでみました。
だいたい7種類9店舗くらいの本屋さんをうろついて、それぞれが売りたい・もしくは売れている本の傾向が分かった気がします。
ただ売れていても自分とうまく合致しないとなかなか読む気になれなかったりするもので……難しいところ。けっこう大ヒット作品などでも読み逃しているものがあるんですよね。でも読書はそういうマイペースが許されるのがうれしい。気になって、読む気になって、読んだときが自分とその作品との最良のタイミングなのです。きっと。
それはともかく。
そんな感じで、新刊書店の「文庫本」平台や平積みを中心に、いくつか読んでみましたー(´∀`)

今回はこれ。『蜜蜂のデザート』。
《ビストロ・コウタ》シリーズの第二弾だったそうです。第一弾はデビュー作でもある『禁断のパンダ』のようで。シリーズものは順番に読むほうが楽しいと個人的には思っているのですが、これはちょっと逆転してしまいました。たまにはそういうのもありかも。はじめて読む作家さんです。
さて。ビストロというシリーズ名からも分かるとおり、主人公はビストロを経営するフレンチシェフ。小さなビストロは評判も上々で、幼い息子や美しい奥さんにも恵まれているようです。
そんな幸太さんに今回ふりかかってくるのは、「食の安全」問題。これはもう……考えさせられました。
近藤史恵『タルト・タタンの夢』を読んだときにも感じたことなのですが(そういえばあちらもビストロを舞台としたミステリですね。テイストは違いますが……大好きです)食事って人間の生活の中で一二を争うくらい大事なのに蔑ろにされやすい部分ですよね。
考え出すと怖い。
たとえばレストランなどで食事をするとき、たいてい厨房は見えません。中には有名シェフや知り合いが働いているなどで顔の創造がつく場合もありますが、その場合は余計に、その「顔」に対して信頼がおけなければ食べられない。
「あの人が作ったものだから安心して食べられる」
これが根底にないと、食べられない気がします。
おうちのご飯が安全だから〜、なんて親が言うのも、同じ理屈でしょう。
でも。
その食材は、卸業者さんやスーパーや八百屋さんや、そういうところから買うもの。その人たちに信頼がおけなければ、いくら料理人を信頼したところで怖くて食べられなくなってしまう。
さらにいえば、もともとは生産者を信頼できなければ、その食材の安全性なんて分からない。食の偽装問題はまさにそこを突いたものであるわけです。
逆に言えば、複雑化して幾層にも分化しているそのそれぞれの人を信頼できてはじめて、日本の食事……外食産業は成り立っているといえるのかもしれません。
信頼が前提として成り立っている危うい社会。
だからこそ偽装問題で揺れたり、この作品に言い知れぬ恐ろしさを覚えたりするわけなのです。
ましてやコンビニで売られているような食材は工場で大量生産されているわけで、そこには人の手のぬくもりだとかそういうのはほとんど介在しておらず、巨大な実験設備みたいなものでうごうご混ぜたりなんだりして、クローン兵士のように整然と並んだ食品が次々出荷されていくわけじゃないですか。そして作られてから人の口に入るまでにタイムラグがあり、大量生産しないといけないという制約もかかってくるため、化学の実験でお目にかかるようなカタカナの謎の物質が山ほど入っていたりもします。まあ成分表示なので実際にはおなじみのものだったりする場合もありますが、ああいうものの正体を知らなくても食べられちゃったりするんですよね。盲目の信頼。
食事は文字通り身体を作るもので、そういう「ヨクワカラナイモノ」が自分の身体の幾分かを構成していると考え出すと、どんどん底なし沼に入っていってしまえそうです。

何を言いたいのかよく分からなくなってきた……
そんなことをぐるぐる考えながら読みました。
ええと、ミステリとして順当に作られているなという印象。私は見事に引っ掛かりましたwww 悔しいwww なので面白く読めましたよん。ただし今回、やたらとすごそうなことは分かったのですが、デザートのイメージがちょっと伝わりにくかったかなあ。ミステリとして面白かったのですが「これは食べたい!」と思えるような食事は、特に印象に残りませんでした。
でも文体がするする読みやすいので、また機会があったら他の作品も手にとってみたいと思います。
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2010年11月06日

ゴーゴリ『鼻/外套/査察官』

久々に読書感想でも書くよ。

先日授業で西洋文学史を習いました。その中で先生の説明が面白かった本を読もうと思い、とりあえずゴーゴリをのんびり読み進めていたのですが、昨日ついに読了。
これがまた……面白かったー!

鼻/外套/査察官 (光文社古典新訳文庫)

鼻/外套/査察官 (光文社古典新訳文庫)

  • 作者: ゴーゴリ
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2006/11/09
  • メディア: 文庫


私の外国(名作)文学読書、ほとんどは光文社さんのおかげです。ほんと出してくれてありがとう。光文社新訳文庫愛してるよ。
今回のゴーゴリは、訳者さんいわく落語調に訳したそうな。確かにすごくさっぱりと読みやすくて、つるつるいけました。おもしろーい。
「鼻」は、正直ちょっと意味が分からないw 鼻が取れちゃったり鼻がひとりで五等官になって歩いてたり、いったい何事みたいなことの連続。ただ雰囲気が面白い。おろおろする人が面白い。にやにやしてしまいました。
「外套」は、これはもう名作と言ってしまっていいだろう。この圧倒的なまでに書き込まれた細部、外套への一途な……歪んだ、滑稽なまでの想い。気持ちの移り変わりとそれにより初めて感じる絶望。
アカーキーのキャラがかなり濃いですが、実は後輩の若者の反応(トラウマ?)も気になりました。そうそう、こういう小さなこと(?)が他人に大きな影響を与えたりするものなのです。
「査察官」は戯曲。みんなキャラ濃すぎwww かなりはっきりと自分の中で舞台が見えました。滑稽な喜劇です。こういうのを本当に面白くやるのって難しいんだよね、笑いを取るのは本当に空回りしやすい。狙ってやるよりも本気で真剣にやる方がうまくいく。
最終場とか、もはやシュールwwwあー面白かった。

解説のゴーゴリ略歴が酷すぎて終始爆笑でした。申し訳ないけど。でもそんなダメンズ★ゴーゴリが嫌いになれません。
もっと今の若者がゴーゴリ読めばいいのに。単純に面白いから。本当に面白いから。
次はバルザックでも読もうかなー。
posted by こうや at 22:00| 東京 ☀| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする