2016年10月08日

赤ヘルが軍団になった日〜重松清『赤ヘル1975』〜

5kgのお米を赤ちゃんに見立てて抱いて帰ってみたのですが、赤ちゃんにしては重力に忠実すぎて重たくて、あれこの子もう……しんで……!?と思い立ってしまい涙ぐんでました。
やばい系情緒不安定。ごきげんよう、こうやです。
しんだ我が子を抱きしめて「もう少しだから、だからね、お願い」とつぶやきつつ足を引きずるようにして歩いていたわたしは、感情移入しすぎて未だにお米を開けられずにいます。
我が子の名前はゆめぴりか。

さて。
広島カープが四半世紀ぶりにリーグ優勝をとげた今年、狙ったかのように文庫化され、見かけたときにはポップこそなかったものの平積みにされていた本があります。
2回まではスルーしたのですが、三度目の正直で買ってしまって大ヒット。
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とても久々に手に取った重松清さんの、『赤ヘル1975』が、今のわたしの琴線を盛大にかき鳴らしています。

広島東洋カープのチームカラーが濃紺から赤に変わった年のこと。
ヤスとユキオの通う相生中学校に、ひとりの転校生がやってきます。
広島のホームに降り立ったとき、黒い巨人の野球帽をかぶっていた彼の名は、マナブ。
その3人の一年生の物語に、広島カープの奇跡が絡んでいきます。

この作品を読んで感じたことを書こうとしたらまとまらなかった上に信じられないほど長くなった(どうやら6,000字オーバー)ので、読まなくてもいいです。
とりあえず、近代的な小説として物語が良いのでおすすめです、ということをお伝えしておきます。
この表紙も個人的にはなかなかのヒットでした。
なお、カープオフィシャルグッズショップには74分版のドラマCDも売っていて、そちらも気になります。余談ですが、初優勝時のラジオ実況放送のCDも当該ショップで売っていることに読了後気づき、めちゃ聴きたくなってます。解説聞いてみたいわー
余談終わり。
そしてここからの長い長い駄文は、そこから連想した、こうやの戦争や原爆やその記憶や野球に関しての諸々です。

広島。
その地名に付随する、連想するものは何でしょうか。
うさぎ島、酒蔵、厳島神社、海軍基地、たくさん出せる気もしますが、何よりもまず脳裏をよぎるのは、原爆ドームを象徴とする爆心地のイメージではないでしょうか。

戦争については、小学校の頃から学んできました。戦争があったこと自体はそれ以前から知っていましたが、それはあくまで字面のうえ。カリキュラムを組まれた勉強の素材にあがる数ある戦の最後のもの(もちろん本当はそうではないのですが)としてあったのが、第二次世界大戦でした。
その戦争被害として真っ先にあがるのが、広島と長崎。原爆、です。
ひろしまのピカ、黒い雨、はだしのゲン。
小学生のときに触れたどの作品も、受け止めるには重たすぎて、以来、意識して避けるようになっていました。怖がりだったうえに言霊信仰らしいわたしは、知ることによってそれが実際に襲いかかってくると思い込んでいたのでしょう。
中学校でも、歴史で学ぶ戦争や、英語で触れた貞子さんの物語を、なるべくそうっと、薄皮の上に置いて、破れないように慎重に包んで頭の隅に置いておいたような感じでした。
そんな原爆の物語に触れるなかで、なんとはなしに感じていたもの。戦争の語りにはっきりと違和感を覚えたのは、高校一年生のときだったと思います。
先輩が演じていた舞台『THE WINDS OF GOD』に感動したのです。
今思い出しても、先輩(とはいえ部活も委員会も違う、ただたまたま、数度親しく話したことのあるだけの方でした)は熱演で、実際には2時間近くある舞台を半分近くの時間に減らしたため、全体の密度は濃くなっていて、実に良い舞台だったと思います。
だからこそ、だからこそ。
神風特攻隊は、そういう存在なのか、そういう存在でいいのか、不思議に思ったのです。
神風特攻隊で調べて真っ先に出てくるのは『きけ わだつみのこえ』。
読んでみると、どうもおかしい。というよりも、舞台を観て感動しつつも「わたしはそう思えない」と思ったところが、ほんの少しだけ、この本では共感できて。
その違和感を抱えたまま大学に入り、戦争文学と呼ばれるものを読む機会が増え、実際の(というと語弊があるかもしれませんが)『THE WINDS OF GOD』を観て、その違和感が決定的なものになりました。
あくまで個人的な感想ですが。
戦争と、そこに生きた人と、「英霊」を、英雄視してはいけない。単なる美談や被害者にしてはいけない。
絶対に、いけない。
なんだかそう、思ったのです。

親世代が既に戦争を知らない子どもであり、その更に子どもの世代であるわたしたちは、戦争も好景気もバブルも知らず、飽食と物質的豊かさのなかに安寧としている、競争心もない平和ボケの世代かもしれません。
祖父母は戦争の時代に生きていましたが、そのことについては黙して語らず。
語らない物語はつながりません。
だから、語られる物語は美談が多くなり、それは英霊を讃えるものにつながり。
死ぬまで喇叭を離しませんでした。それは3.11のあの放送を行い続けた方にもつながり。
でも、それじゃ、ダメなんじゃないのかな。
戦争に散った方々をどうのというつもりはありません。
この前乗ったタクシーの運転手さんは、3歳のときにお父さんを亡くしたそうです。南洋で亡くなったらしいお父さんの遺体だといって渡された骨壷の中には、名前の書かれた紙が一枚入っていたきりだったといいます。遺体が見つからなかったか、持ち帰れなかったのかは分かりませんし、お父さんの記憶もほとんどありませんが、その骨壷を抱いていたお母さんの顔は覚えているそうです。
そんな、人の記憶を、とやかく言いたくはありません。
そうではない。
そうではないのです。
ただ、戦争のあった時代にその場所を生きた人の人生を、物語を、美談に、美しい精神だとか日本万歳だとかそういう言葉に押し込めてしまうのは違うのではないかと、わたしは、今のこの時代に現代に生きるわたしは、そう思ってしまうというだけなのです。

日本人の判官贔屓の精神を色濃く受け継ぐわたしにとって、大きなスポンサーのない市民球団が、街の悲劇と復興の希望を背負って、泥くさく熱意をもって進んでいくこのサクセスストーリーは、涙とヨダレが止まらないほど大好物なようで、この試合の運び方が本当だったかどうかはともかくとして、もうとにかく、夢中で読んでいました。
特に野球の話、キックの宮の異名と、金山選手の墨痕鮮やかな返事、そして元祖「広島の山本」山本一義選手のプロ入りの逸話にはもう胸熱、目が潤んだりしちゃいますよね。

思えば親戚うちに野球好きがほとんどいない家でした。
野球で遊ぶためにはボールとバットとグローブが必要で、それを揃えられるほどの余裕がなかったのかもしれません。どちらかというと野球嫌いがそろっていて、わたしも幼い頃は特に、野球中継のせいで楽しみにしていた番組が流れてしまい、野球のことは憎いと思ったりしていました。
母親に至っては、新婚の頃に住んでいた大阪で、知り合いもおらず土地勘もなく心細かったある日、突然アパートの薄い壁や窓を突き抜けて聞こえる奇声と雄叫びに恐ろしい思いをして以来、野球好きには近寄らないようにしていたようです。その年、1985年は、阪神タイガースがリーグ優勝を果たし、道頓堀は人であふれ、カーネルおじさんの呪いがかけられたりもしました。
バッティングセンターに行ったことは何回かありましたが、一番遅い球速にしてもバットに当てるのが精いっぱい。振り抜くなんてことはできず、とてもホームランなんて望めませんでした。近所の神社の境内で父親とキャッチボールをしているときも、父親が気まぐれに投げ上げたフライボールを取ろうとグローブを構えてずっとボールを目で追っていたのに、ボールが顔面を直撃して目の周りに漫画のような青痣を作って号泣するような運動音痴ぶり。
ただ学校では時たま草野球をしていて、利き腕が同級生と違ったためかそこそこ打ちはしていました。ただし守備はからきしダメで、トンネルもエラーもお手の物。味方の送球すら見送る有様でした。
それでも夏になると選抜高校野球、いわゆる甲子園はよく見ていました。白球に追いすがるお兄さんたちの青々とした坊主頭は、爽やかに見えたものです。今でも、高野連や学校の部活動制度は嫌いですが、血と汗をユニフォームに染み込ませて泥だらけになる高校球児の「熱血甲子園」エピソードに涙を流す程度には、彼らの人生を物語として消費してしまっています。本当はよろしくないと、胸の奥でつぶやきつつも。
ちなみに、そんな我が親戚連の大好きなスポーツのひとつがマラソン、駅伝でした。
だからわたしにとって広島の代表は、広陵高校ではなくて、世羅高校です。余談。

原爆は生みだしてはいけないものだったと思います。発明と発見の先に待っている悪魔のひとり、知恵のりんごのような。
リトル・ボーイとファット・マン。
落とされてはいけないものだったと思います。
それは間違いようのない事実です。
だから、8月6日と8月9日を忘れてはいけない。
じゃあ、3月10日は?原爆ではないから、覚えていなくてもいいの?
関東に生きていなければあまり耳なじみのない日付かもしれませんが、この日はいわゆる「東京大空襲」で、100万人以上の犠牲者が出たと言われている日です。この日だけでない、毎月のように毎日のように、空襲はありました。未だに日本橋には焼夷弾の痕がくっきりと残っています。多くの老舗は過去の歴史をこの空襲でも失っています。でも、原爆ではない。ただの、焼夷弾や爆弾だったから。だから、いいの?
その空襲で親兄弟や家を失った人の哀しみは、苦しみは、覚えていなくても、いいの?
読めば読むほど、聴けば聴くほど、わたしは、分からなくなっていきます。
語られた話の向こう側に、その何倍もの語られなかったものがあり、そのひとつひとつが比べるべくもない生々しい体験であり、それは、おろそかになんてとてもできない。
同情は簡単ですが、それと理解は違う。そして理解なんて、きっと、永遠にできない。
戦争を学ぶのは簡単です。マクロとしての戦争。政治のなかの、歴史のなかの戦争。
でも、その戦争で生み出された人びとの物語は、どれが代表できるものでもなく、どれを知っていれば充分なものでもなく、ひとつひとつが、固有の、比べるべくもなく代替もきかない、唯一無二の話です。
そのミクロの話が膨大すぎて、共に体験していないわたしはその波に呑まれて溺れそうになって、それが辛くて逃げたくて、でも知らなきゃいけないとも思って、どうすればいいのかわからなくて。

それは、わたしが、よそモンだからなのだと。

ヤスとユキオとマナブの、そしてさらに広がり真理子さんや菊江さん、林田のおじいちゃんにヤスのお母さん、勝征さん……いろいろな人のつながりもたまらず、そして、寄り添おうとする気持ちを拒絶され、凝り固まるのを眺めるしかなく、身近にも思えない、思うことを許されないように感じて悩む「よそモン」の気持ちが描かれていて、なんというか、それはわたしがぼんやりと、もやもやと抱いていたものに近くて、それをこう描ける物語ってすごいなぁと、思ったり、しました。
よそモンのマナブはよそモンのままかもしれませんが、それでも、ヤスやユキオの、そして真理子の、かけがえのない「連れ」になっていきます。
よそモンが当事者になる必要はなくて、ただ、共にあることが大事なのかなと。
マナブの悩みがかつての自分にオーバーラップして、そして、答えのひとつを見つけた気がしました。

何を書いているのか分からなくなるのはわたしの悪い癖。原爆と戦争もごっちゃになってるし。なんなんだいったい。
でも、この作品を読んで、わたしがずっと抱えていたモヤモヤが、少し言葉になった気がします。
よそモンであるわたしは、よそモンであるからと諦めたりせずに、よそモンなりに、でもよそモンだと分かりながら、いきたいな。
生きたいのかな、行きたいのかな。
分からないけど、いきたいな。

まあ単純に、本当に良い物語に巡り会えたなと思ったということで。
読み終わる頃にはすっかりカープ好きになっていました。
山本浩二選手の清々しい男らしさ、外木場投手の活躍、キックの宮に金山選手、山本一義選手の逸話はさっきも触れましたね。オールスターゲームで肩身の狭い思いをしなくて良いと安堵するファンもさることながら、もう本当に、よくぞ、よくぞ……っ!
一瞬我にかえると、ほとんどの(すべての?)選手が既に現役を引退していることに気づくのですが、実際に見たこともない彼らの試合の白熱ぶりに、思い起こすだけで胸が高鳴ります。
いないよーもういないんだよー
今の選手で知っているのは、小窪哲也選手に菊池丸、梵英心……相澤?捕手。合ってる?そして黒田投手にマエケン、くらいかな……エルドレッド?いる?
横浜には筒香がいて、ヤクルトにはダブルトリプルスリー達成の山田哲人に川端慎吾がいて。
あーやっぱり詳しいのはもっと前の世代かな。驚くべきことに未だ現役のイチローを除いても、ゴジラ松井に松井稼頭央、大魔神佐々木に野茂英雄、番長清原、松坂大輔、このあたりがわたしの野球選手イメージの原点です。
時代は違うけれど江夏豊は『博士の愛した数式』で覚えましたし、今はバラエティの人というイメージの方も球界出身の方が数多いのですよね。そうしてみると、日本において野球って割と浸透している競技なのかもしれませんね。スポンサーにテレビ局のついていることが多いせいでメディア露出が多いのかもしれませんけど。
関東大震災から数年した大正末期に新聞のスポーツ欄を賑わせたのは早慶戦……いうまでもなく野球、でしたし。もうすぐ始まるよ!スタメン予想するよ!今日やるよ!やった結果だよ!振り返るよ!という、一戦で一週間近くもたせていたのも驚きましたが、それだけ娯楽に飢えていて、野球の試合は格好の素材だったのでしょう。

ああ、またしても何を書いているのか分からなくなりました。
そんなわけで、今年のリーグ優勝の当日はささやかに祝杯を挙げてみたり、していたのでした。
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そしてこの赤ヘルを読み終わった晩も、ちょこっとだけ献杯。
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ありがとうございました。
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はぁ。
また神宮球場で、カープの試合を見たいなぁ。金山さんの解説を聞きたいなぁ。
今なら、カープの応援も、ヤクルトの応援も、できますよ。我ながらいろいろ台無しな最後だね。
西武球場で西武ライオンズも、見たいね。
……もしかして、また、趣味、増えたかな?
posted by こうや at 09:42| 東京 ☀| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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